旅行や、都内散歩、関東近辺の日帰り旅行、普段の生活や思ったことなど書いてます。

by civaka

カテゴリ:映画( 51 )

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で、
結局キャラクター全部が死んでしまうっていうラストは、
楽しかったといって終わることのできないラストだ。

気持ちのいい爽快感で見終わっていたかつてのスターウォーズのシリーズと、違う。
多くの名作映画の面白い部分を盛り込んで作っていたものとは違う。

かつてのハリウッド映画の戦争や戦いを面白い娯楽として見せていたものとは違う。
戦争の悲惨さがなんて見事に描かれているのか。

エピソード4で、デススターを倒したルークとハンソロをほめたたえるラストとはなんという違いだろう。

エピソード4には、出すことのできないキャラクターたちなのだから、ここで全員殺してしまうというのは、映画製作の都合としては、もっともな話だ。
彼らが生き残ったら、エピソード4に出てくるはずで、でももうすでに作られてしまった映画に彼らの出番はないのだから。

それでも、頑張った彼らが全員死んでしまうラストは、かつてのスターウォーズのような爽快感を感じて見終わるわけにはいかない。

結局、デススターの設計図を盗むための人生だったジーン。
だから、スターダストなのだろう。
そして、ほとんどの戦士たちは、わずかの功績を残すか残さないかで、戦火に散っていく。
それが、戦争の真実。
ルークや、ハンソロのように目立って、称えられることもない。

『地獄の黙示録』に似た、ラストシーン。戦争を非難する代表的な映画だ。
ほかにも、気づけなかったけれど、戦争非難の映画のエピソードが入っていたかもしれない。

そして、ロボットの死。
宇宙空間でも「私は生きてますよ」と言っていたK-2SOのセリフに、
ロボットはいきてますじゃなくて、大丈夫っていうんじゃない?
って、思っていたら、ラストでボロボロに撃たれて、機能停止。
ロボットも死ぬんだ。と思った。

戦争戦争戦争、戦争大好きのアメリカで、
戦争を否定する映画へと、スターウォーズもまた、変容したのだ。

宇宙空間の激烈な打ち合いシーンも、地上の壮絶な戦闘シーンも、面白いとか、爽快とか、そんな感想で見終わってはいけない感じだった。

エピソード8にでてくるキャラクターがいるから、ここで、作った作品なのかと、思ったけれど、そうではないらしい。

それで、たとえ、今作限りキャラクターたちだとしても、それぞれにとても魅力的なキャラクターだった。
帝国軍が皇帝とダースベイダーをのぞけば、ほとんど個人の意思のない戦士ばかりの帝国。
けれど、反乱軍は、参加する戦士一人一人の意思で動く集団なわけで。

上からの命令にただひたすら忠実に行動したキャシアンに対して、ジーンが、怒る。
そこから、だんだん自分たちの意思で動くようになっていく。
最後の戦闘シーンに、リーダーはいない。
一人一人が自分の考えで自分の仕事をこなしていく。
提督ですら、一人の戦士に過ぎない。

偉くて優秀で偉大なリーダーにみんながついていくのではなくて、
一人一人が意思を持って動く。そうして初めて、本当の自由な世界ができる。

そんな物語なのだと思う。
番外編というよりは、エピソード0という感じしょうか。
次の番外編では、ハンソロの若き頃が描かれるそうだけど、
そこに、今回のキャラクターたちが出てくると面白いんだけどな。

ちなみに、私的にはチアルートがとても印象的でした。人気みたいです。

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by civaka | 2016-12-24 19:55 | 映画 | Comments(0)
新海誠というと、大成建設のコマーシャルで見ている人が多いと思う。
短編のアニメが得意な作家だなと思っていた。
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ポストジブリは、新海誠だと、楽天のブログに書いたのは、2006年のことだけれど、
今回の作品を見て、本当にポストジブリになったのだなと、思った。
デビュー作であるわずか数分のアニメ『星の声』を見て以来、ずっと、彼の作品を追いかけて見続けてきたけれど、
今回の作品の完成度は素晴らしい。

圧巻の映像に最初から、持っていかれた。
そして、急展開のストーリーにもう、涙が出てしまった。

ここまで成長したんだと思うと、とてもうれしい。
漫画といえばまずキャラクターの魅力からはじまるのに、新海誠は、キャラクターデザインは、今一つで、けれど彼の描き出す、背景の美しさはぴか一で。
今回、キャラクターデザインは、ほかの人にまかせつ、一人だけで、作り始めた彼が、多くの素晴らしいスタッフを得て、ここまで素晴らしい作品を作り上げたことにとても、感動した。

彼の良さがまったく失われることなく、彼の良さが最大限に生かされつつ、最大にスバラシイ作品になっていた。

彼の作品に共通するテーマ。
距離を置いてなお思いあう男女。
デビュー作『星の声』では、戦争のために遠い星の彼方へと旅立ってしまった彼女をずっと思い続けた先に、ラストで彼女を追いかけて旅立っていく彼。
『秒速5センチメートル』でも、親の都合で遠くに引っ越してしまった恋人に会うために、雪の中、電車を乗り継いでやっとで再会する二人。
そして、今作でも、都会と地方に住む二人が、長い時間の果てに奇跡的ともいえる数々の苦難を乗り越えていく。

新海誠はどうしていつも恋人たちの間に距離を作るのだろう。
物理的な接触がなくても、思いあえるものだと、そんな物語が多い。
今、ネットの時代に、やはり肉体的な接触、リアルの接触のない出会いが多くなった今。
まさに、それは、新海誠の描き出す世界と同じだ。
物理的接触のない状況で出会った相手に、リアルで再会した時、そこに果たして、どんな現実が待っているのだろう。
新海誠の描く男女のように、心から相手を思うことが、できるのだろうか。
そのためには、どんなありようが求められるのか。
まさにそれを描き出しているのが、今回の作品なのだと思う。

それとともに、今まさに、タイムリーに、災害に関係した物語は、実にジブリ的でもあるかもしれない。
ジブリは、環境問題をそのアニメの中に描きつづけたけれど。
ただ、新海誠は、災害問題を描こうとしたわけではないだろうけれど、
なぜか、熊本や北海道の事件とタイムリーに重なっているのがすごいなとも思う。

とにかく相変わらずの圧巻の映像美が、この上もなく、素晴らしかった。
劇場で見なければ、勿体なさすぎる。
絶対、上映中に見に行くべき作品で、ビデオ化、CD化を待ってはいけない。
もう一度見たいくらいだ。

さて、次回の新海誠作品には、いつ頃で会えるのか。
次がとても楽しみです。

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by civaka | 2016-09-08 09:27 | 映画 | Comments(0)

『劇場霊』

びっくりするくらい、駄作だった。

ぱるる演技下手だった。もう少しうまいと思ってたけど、演技指導とか、ないのだろうか。
ほかの女優さんは、そこそこ演技できていたけれど、やっぱり、アイドル映画なんですね。

ホラーというので、怖いのかと思ってドキドキしながら、見始めたけれど、ただのモンスター映画だった。
ホラーというより、お笑いだと思う。

ヒロインなんにも、がんばってない。

シナリオもひどい。

これだったら、まだ、マジスカ学園の方がいい。

AKBは、外に出るとほんとに何にもできない。

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by civaka | 2016-04-20 19:47 | 映画 | Comments(0)
やっと、見ました。スターウォーズ。

昔第一作を見たときは、全部で9作なら、35歳くらいで観終わるかなと、数えていたのに、50代になって、やっと7作目を見られると言うほど、のんびりしたことになったとは。

第一作の主人公三人が出てきて、ずーっとスターウォーズをみているファンには、嬉しいことだけど、ちっょとこの3人歳を取りすぎてないか?

ハン・ソロ役のハリソン・フォードなんか、アクションで、走り回るのが、かなりつらそうだった。
74歳だから、20歳くらいの子供がいるのは、ちょっとおかしいよねぇ。
ほんとなら、おじいちゃんで、孫のいる歳のはずなのに。

第一作の俳優がそのまま、演じてくれるのは、すごいうれしいのだけど、スターウォーズの第3シーズンが、もっと早くつくられていたら、もっと若い三人が見られたし、40、50代の三人が演じていたら、またもっと、違っていたかも。
マーク・ハミルが64歳、キャリー・フィッシャーが59歳。ほんとに微妙だ。

キャリーフィッシャーできれば、美しく歳をとっていてほしかったなぁ。

当時、時代の最先端を行く斬新な映画として、世界的に人気となったけれど、今回のエピソード7でも、世界的に記録的な興行成績と言うことは、40年かかっても、この作品を超えるほどの作品が出なかったということなのだろうか。

実際、最近は、映画館に行くほど見たい映画もほとんどなく、ビデオでレンタルしてみる映画もほとんど詰まらなくなってしまったと、感じる方が多い。

第一作から、第7作までの年月の間に、映画は、より発展したのか、衰退しているのか。

久々に映画館でみたい映画が、「スターウォーズ」であることは、いいのか悪いのか。

とりあえず、面白かったです。すごく濃厚な内容で、第一作のストーリーをなぞるような部分もあり、やはり、今の時代の感覚にあったヒロイン像でもあり。

早く、スターウォーズ8がみたいです。ね。


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by civaka | 2016-01-19 10:08 | 映画 | Comments(0)

『プール』

常春の国の水辺に集まる傷ついた人たちを描いた映画。

チェンマイが舞台なのに、でてくる登場人物が日本人ばかり。
しかも、日本人の雰囲気のままで、チェンマイにすみつづけていられるなんて、ありなのかなあ。
唯一、ゲストハウスをきりもりしている京子さんが面倒を見ている少年だけが、タイ人らしい。

日本は、夏もあるけど、冬もあるので、一年中温かくて、窓も壁もあけっぱなしの吹きっさらしで、ちょうど気持ちよく暮らせるような土地というのは、ほんとにうらやましい。それだけで、気持ちがのんびりしてくる。
しかも、敷地内にプールなんかあったら、ほんとにたまらない。

そんなところだからまあ、心をいやしに行くにはもってこいなんだろうけれど、
こういう設定だと、たいがい、心に傷をもった主人公が、心を癒しにやってくるという、当然よくある話。
当然だれも、いろいろ聞いたりしない。

干渉のやたらうるさい日本にいると、ときどき、うんざりするので、こんなところは、ほんとにうらやましい。
にも、かかわらず、でてくるのがほぼみんな日本人なのは、どうしたものだろう。

日本人て、外国で会うと、
とたんに、身内感ばりばりなんだな。

日本にいるときは、感じないのに。

それにしても、お母さんと暮らしたかったと言って、外国まで、娘がおいかけてきてくれるなんて、いいなあ。
就職と同時に、さくっと、家をでて、独立してしまって、たまにかえってきても、帰りたいなんて言う娘がそれでも、大好きな私のせつなさと比べたら、どうしたもんだ。

自分のことは二の次で、家族につくしちゃうのがほとんどの日本の女の人たちだからねえ、

京子さんのように、こんな風にさくっと、自分の好きなように、人生を選択出来たら、いいのになぁ。
うらやましくもある。

でも、母親が娘をおいて、外国に行くなんて、よっぽどのことだ。サクッとなんてはずがない。
そこには、劇中では語られることのない、きつい人生があったのかもしれない。
何で私を置いていっちゃったのと、娘に聞かれても、とても語れないほどの、痛みは、いったいどんなものなのか。

一緒に暮らすことのできない娘の代わりにタイ人の少年を預かって、そりでも、心を癒すのに、数年の歳月を要したのかもしれない。

娘もまた、母において行かれた痛みと、ま正面で向き合うだけの覚悟をもって、やっとのことで、チェンマイくんだりまでやってくるだけの踏ん切りがついてきたのだ。

その先の母娘の会話は、あったのか、なかったのか。
ただ、映画の中に描かれていないだけなのか。
それはもう、観ている側にはわからない。

語られない部分のやたら多い映画なのだから。

でてくるひとたちはみんなたぶん、日本で何かしかの痛みを味わい、心の傷をひきづって、チェンマイのプールサイドまで、流れ着いたのかもしれない。けれどそれは、いっさい、劇中では語られない。

この手の話では普通、後半になって、それぞれの人物の人生や傷や、悩みや、ここに流れ着いたまでの話なんかが語られたりするけれど、今の視聴者はもう、そんなものは、すでに、たくさんの映画やドラマで、たっぷりとみていて、いまさらもう、そんなことを、描いても、うっとおしくて、物語が重くなるだけだ。
どうも、この人物には何かあるらしいと、そんな描写をちらっとするだけで、十分なんだろうと思う。


でもこれはもちろん、私の邪推なので、ほんとはなんにもなくて、ただのほほーンと、タイの田舎のプールサイドで、昼寝しているだけなのかもしれない。

庭にプールほしいなぁ。
あ、常春の気候も必要だけど。


プール〈2009年〉@ぴあ映画生活


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by civaka | 2016-01-07 16:38 | 映画 | Comments(1)
昔、「クビ論』と言う本を読んだ時は、アメリカは、退職勧告なんて、普通のことなのかと、思っていたけれど、この映画を見てみれば、やっぱり、アメリカ人と言えども、退職勧告は、厳しいことなんですね。

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ジョージ・クルーニー演じるところの主人公ライアン・ビンガムは、解雇を言い渡すことを専門職とする会社員。

あくまで、リアルに会って、退職を告げ、退職を告げられた人のその後の心理的なフォローまでもすることを重要として、プロフェショナルな仕事をすることを大切にして、独身生活をおくるエレガントな中年にみえる。

けれど彼は、自分に嘘をついて生きていないか?

ライアンが指導することになる新人のナタリー・キーナーは、彼とは、まるで正反対の逆ミラーのような存在。
結婚を望み、出張だらけの仕事を否定しリアルではなく、パソコンを使って、退職勧告をすることで、出張なしに、オフィスだけで、仕事を出来るように改革したいと言う。

直に会って話をすることこそが大切ではあるけれど、そのことはつまり、交渉する人間が常に私生活を犠牲にして、飛行機で移動しつづけなければならないハードな仕事の状態を作り出しているわけで。

一年のほとんどを飛行機の中ですごし、移動ばかりで、ほとんど家にいることも出来ないのであれば、家庭なんて持てるわけもなく、家族に犠牲を強いることになるくらいなら、独身でいた方がいいと、ライアンはかんがえたのでは?

結婚なんてしない。カジュアルでお互い縛られることのない軽い恋愛程度でいいと、いう、ライアンの言葉は、そんな彼の本音を隠しているのでは。

後半仕事の方法は改善されて、パソコンを使った退職勧告が実施されたけれど、自分が提案した、交渉方法のせいで、自殺者のでたナタリーは、ショックをうけて、この仕事をやめてしまう。
そのくらいハードな仕事なのだろう。心理的にもかなりきついはずだ。
毎回、退職勧告される人間の悲しい顔、つらい顔、文句、不平を聞き続け、見続けなければならないのだから。

それは、日々、出張長し続けること以上にライアンにとっては、つらいこと。

彼もまた、まだ、仕事につきたての若い頃には、退職勧告した相手に自殺されたことだって、あったかもしれない。それでも、ライアンが仕事をやめなかったのは、ナタリー程の優秀な学歴も成績もなく、こんな仕事くらいしかつけなかったからでは?
だから、しんどくても、やめられない。
続けていくためには、実際に会って話す。フォローする。相手のことを思って説得する。
それは、彼自身のためにこそ、必要な作業だったのかもしれない。

そんなさびしくて、きつい夢のない仕事をやり続けるには、自分で仕事に夢を作り出すしかない。

マイレージを1000万マイル達成して、飛行機に自分の名前を残してフィンチ機長と面会すること。
いままでに、6人しか達成していないこの偉業を達成すると言う夢を作り出すことで、彼はこの厳しい仕事をやり続けてこれたのだろう。

けれど、ある日、とうとうその夢は達成されてしまう。ライアンにとって、大事だったのは、夢を達成することではなくて、夢をもつことで、厳しい仕事をやりつづけていくモチベーションを維持し続けることだったはず。
そして、妹の結婚式で、新夫を説得することで、一人でいることの寂しさを再認識してしまった。
好きになった女性が実は家庭を持っていた。

今まで、自分をだまして、自分の中にしずめてきていた嘘を、うき上がらせてしまったのだ。

夢を失い、恋人を失い、一人であることを思い出し、それでも、この仕事を彼は果たして、続けていけるのだろうか。彼もまた、仕事の転換点に立ってしまったのだ。

飛行場で彼は、はたして、次の飛行機に、乗るのだろうか?

この先の人生で彼は何を選ぶのか。

忘れていた新しい人生が、彼にもあるのだろうか。



とてもよいシナリオの良い作品でした。
ジョージ・クルーニーがほんとにはまり役。いい男です。
肩に力の入らない、さらりとした自然体の演技なのに、時々の心理描写がほんとにうまい。
最初の予想とは違う展開に、えっえっえっ?と言う感じで、面白かった。名作ですね。

そして、この後ほんとに、独身主義だったジョージ・クルーニーが結婚してしまったわけで、この映画のせいなんじゃないのかなあと、やぱり、思ってしまうわけですよね。

映画の最後の答えを、リアルで私たちに見せてくれたジョージ・クルーニーに、幸あれ!!!!


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マイレージ、マイライフ@ぴあ映画生活
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by civaka | 2015-12-10 17:53 | 映画 | Comments(0)
久々になんかすごい映画を見た。
というか、本当に予定外のクライマックスでびっくり。

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テレビでの映画案内を見ていて、最初は心に迫る芸術がらみの感動ものと思っていたのに、ケースをよく見ると、サスペンスと書いてあって、あれ?そうなの?と、驚き。

ようは、詐欺がらみの大強盗の話なわけだけれど、爽快感はない。
強盗側ではなくて、盗まれる主人公側からの物語だからなのかもしれない。

鑑定士の職業を利用しての、美女の肖像画の収集。結婚することもなく、ただ、二次元の美女のコレクションだけが生きがいの人生は、日本のオタク少年たちとおんなじだなあと思う。西洋の名画なら、高尚な趣味で、日本の美少女アニメオタクなら、キモチワルイになっちゃうわけで。
でも、やってることはおんなじだし。

主人公オールドマンの二次元趣味にいい加減頭にきた周りの友人が策を弄して、彼をはめて、彼のコレクションすべてを奪ってしまった。
いつまでも、童貞のまま、二次元の女だけ相手にしてるなんて、キモチワルイ、オールドマンのためによくない。しかも、最近はその趣味が常軌を逸してきたし、協力している自分たちに感謝するどころか、ちょっとのミスでも、ケチをつけ、罵倒するにいたっては、ちょっと我慢ならない。

なんて、犯人である友人たちは考えたかもしれない。

そして、さらに、オールドマンをいい加減二次元ではなく、リアルの三次元の女性を相手にするまともな人間になってほしいと、思ってなのかも。

絵画を盗まれた後のオールドマンの失望とその後の展開がわかりにくく、時系列がわかりにくく、あれは、展開通りの時間なのか、時間が前後しているのか、ラストをどう解釈するのかが、わからない。

ネットでもいろいろ解答をよんでみたけれど、いま一つ納得できない。

製作した監督の言うには、これは、ハッピーエンドらしいのだけれど、そのためには、どう解釈すればいいのか、わからない。

それでもたしかに、二次元の自分の世界に浸りきることから、さっぱりと切れたのはいいことだと思う。
ただ、この展開ではさらに、人間不信、女性不審になったりしないのか?

実際わたしは、この映画をみて、ちょっと人間不信というか、いやな気分になった。

それから、やはり、よく考えられたシナリオではあるけれど、おかしいところも多々ある。
両親が既に死んでいることと、あの屋敷の雰囲気をみると、ヒロインクレアの年齢が若すぎる。
両親も生前あの屋敷に住んでいたはずなのに、良心の住んでいた雰囲気がまったくない。
家族で住んでいたいたにしては、屋敷内が汚すぎる。
さらに、20代の女の子が60代の男性と恋愛関係になるとは、思えない。
たとえ、どんな状況でも。

そんな疑問の数々を本気で考えながら、映画をみたら、もっと早くに、結末の予想がついたかもしれない。

さて、監督が言いたかったことは?






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by civaka | 2014-09-06 11:30 | 映画 | Comments(0)
人にとって一番大切なものは、誇り(プライド)じゃないんだなと。

そういうお話なんだと、思った。

私が若かった頃に話題なった映画。だけど、特に当時は、観ようとは、思わなかった。
息子に知ってるかと聞かれて、そういえばそんな映画があった。と、思いだした。
当時話題で、すごい映画なことは確か。
ぜひ見るといいよっていって、自分も見てみるかと思った。
昔の作品すぎてもう、ビデオ屋にはなくて、公立図書館で発見。
先にみた息子はすごくよかったと言っていた。

ストーリーの構成がすごくよくできていた。
日本軍がこだわる命をかけても守るべき、日本人としての誇り。

イギリス人がこだわる、英国紳士、ナイトとしてのプライド。

けれど、もっともっと大切なもの。
その描き方が実にみごとだ。


誇りより命の方が大事だろう。そりゃそうだ。
そんな当たり前のこと、どうして忘れちゃうんだろう。人間て。
命を守るために、自分のほこりをも捨てされる勇気。それこそが最高の人としての誇りだ。

それにしても、大島渚は、制約された男性社会をはなしの舞台にするのが好きですね。
以前見た、『御法度』も、新鮮組という男性に制約された集団社会の話。
男性だけで、社会をつくると、こんな風になるのか。

ただ、人には感情があるのだということを考慮に入れずに、集団の規範を作るのには無理があるというか、
人というものには感情や、心があり、理性や理論だけでは、ルールを作るのは無理なんだということを
これからの社会を作る上で考えていくべきなんだろうと、思う。

それにしても、世界的ミュージシャンで、世界有数の美貌の持ち主であるデヴィット・ボゥイ。
老若男女誰の目で見ても、ものすごく魅力的で、きれいな人なんだなと、つくづく思った。
よくこのひとを映画に出すことが出来たものだと、改めて感心する。
でも、すごくいいシナリオなので、このシナリオをよんだら、オーケーしても不思議じゃないかも。

デヴィット・ボウイ、坂本龍一、タケシ。
当時の世界有数の天才ばかりを集めて作った、なんともぜいたくな映画だ。

補足
一目で、セリアズ少佐(デヴィット・ボウイ)の虜になったヨノイ大尉(坂本龍一)。
クライマックス、大尉が自分に惚れてることを利用してセリアスは、俘虜長ヒックスリーを助けるために、恥もプライドもかなぐりすてて、ヨノイにキスをする。この時、ほんとにいやそうなんでよねぇw。惚れた相手からの突然のキスに驚き、力の抜けてしまったヨノイ。俘虜収容所中に自分の本心が知れてしまったヨノイは、好きな相手からのキスの歓喜と、ばれた羞恥心とどっちが大きかったんだろう。
かつてエリートとしてのプライドを優先して自分の弟を助け損ねた後悔に苦しみ続けたセリアズにとって、この場面はとても大切なものだ。たとえこの後に、彼の死が待っていようとも。

メリークリスマスという言葉が、死刑の免罪を求めるキーワードとなっていることに気付くのにちょっとかかりました。
命より誇りを優先していたハラ軍曹(たけし)が、ラストで、ローレンスに自分の本心に素直になって、命乞いをするシーンが、圧巻なわけですが。

もちろん、この時、ローレンスぐらいの立場で、ハラを救えるわけもなく。そんなことは承知の上で、ハラは、自分は誇りより命の方が大事だと、わかるようになったんだよと、言っているわけで。ローレンスもまた、そんなことは承知の上で、それでも、ハラを助けてあげられないせつなさを持ちながら。そして、このあと、ハラが処刑されだであろうことも想像に難くないわけですが。

人にとってそもそも死というものは、個人の判断によって決定出来うるはずのもの。それにもかかわらず、人というのは、日本であれ、外国であれ、国や宗教や時の為政者、あるいは、社会の共通価値観によって、その死の決定を支配されている。宗教によって、自殺を禁止されている西洋社会も、武士の誇り、日本人の天皇陛下の臣民としての誇りによって、死よりも誇りの優先される日本の社会も。

私たちはこんな風にして、知らないうちに、自分の死までもが、自己の選択を許されないようになっているのか。
今、過剰な医療によって、医者たちによって、国家によって、法によって、自分の死までもが、健康までもが、国に支配されるのは、なぜなのか。

人生の最後を自分自身の意思で選択できる自由だけは、失われたくないものだと、思う。


・<a href=http://cinema.pia.co.jp/title/3096/>戦場のメリークリスマス@ぴあ映画生活</a>




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by civaka | 2014-07-25 22:30 | 映画 | Comments(0)

『もらとりあむタマ子』

もらとりあむといっても、この言葉がいわれ始めた初期の頃のモラトリアムと、今、この映画で使われているもらとりあむは違うと思う。
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以前のモラトリアムは、自分の意思で、社会人になることを拒否した若者たちのことだ。

けれど、この映画におけるタマ子のもらとりあむは、社会人なりたくても、なれないという、厳しい就職状況による結果としての、もらとりあむであって、もらとりあむということで、社会人になれずに、立ち止まっていなければならない現代の若者たちのシビアな状況をあらわしている。

映画の中ではそういうものは一切説明されない。けれど、2014年のいま、新卒就職は氷河期以上のシビアさだ。
そんな就活戦線を戦って、疲れ果て、結局、実家に戻ってくるしかなかったタマ子の痛みがわかるからこそ、父親もまた、彼女になにもいわないのだろう。

なぜなら、いまどきの若者が当たり前のようにもっているスマホも、もっていなければ、携帯すら、たいして使わない。
新年のあいさつメールすら、早めにそそくさとうって終わりにしてしまおうとしている。
郷里で久しぶりにであった友達とすら、おちおち話をしたがらない。
なぜなら、話しをし始めれば、入社した会社での苦労話という、就職出来なかった人間には果てしなくつらい話を、聞かされる羽目になるからだ。
だから、タマ子は、スマホも携帯もせず、ただひたすらに漫画を読むしかない。
漫画を読むだけなら、外部とつながらなくてすむからだ。
就活という現実と、向き合わなくてすむからだ。

そういう状況にあって、もらとりあむという言葉は、まだ社会に出られずにいる彼女に対して、今はまだ人生の猶予期間なんだよ、だから大丈夫だよという、ある意味優しい言葉ですらある。
かつてのモラトリアムという言葉が大人になることを拒否している若者たちへの批難を込めた言葉であったのとは、正反対なのではないのかと、思う。

そんなタマ子が出会った、父親の再婚相手に、彼女は初めて自分の心の中のわだかまりや自分の本音を話すことが出来る。
両親が仲良く暮らしていれば、素直にはきだせたかもしれない彼女の中のうっ屈を、解きほぐしてくれたのだろうと、思う。



AKB48を卒業してから、どんどんきれいになって行くあっちゃんがすてきだ。そしてそのあっちゃんが、とびきりの美人でもないごく普通の女の子として、怠惰で人生に迷っている大人一歩手前のタマ子をごくごく自然に演じていて、めちゃくちゃおもしろかった。

地方の何気ない商店のせまい部屋、散らかった室内、あまりきれいでもない店構えなどなどが、なんともリアルで、父と娘の食事風景がほんとにリアルで。

ほとんどセリフで語られないことでわかりにくい、タマ子の心情のほとんどが、この食事シーンで語られているのが面白い。
アイドル応募のためにダイエットサラダを食べていたり、それがだめになって、お団子をたべまくっていたり、ロールキャベツみたいな、つくるのがめちゃくちゃめんどくさい料理がつくられていたり。
食事のシーンの多い映画はたのしい。


・<a href=http://cinema.pia.co.jp/title/163247/>もらとりあむタマ子@ぴあ映画生活</a>


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by civaka | 2014-06-28 10:00 | 映画 | Comments(0)

『セブン』

キリスト教の七つの大罪をテーマに、七つの大罪に値するとされる人間が、犯人によって、残酷に殺されていく事件。ベテランサマセットと新人ミルズの二人の刑事がこの事件を追って行く中で、たどりつく壮絶な結末に、大概の人はなんで?と、思うんじゃないかと思う。

新人刑事役にブラット・ピット。『ジョーブラックによろしく』を見て以来ファンだったので、昼間のテレビのロードショーでたまたまみはじめて、ラッキーと思った。のです。

殺人現場のシーンは、すこぶるえぐい。気持ち悪い。

しかし、途中で意外と早くに捕まってしまった犯人。
七つの大罪をたどるように、悪い奴と彼が思う人間を殺すはずだったのに、彼のシナリオは、狂ってしまった。
そして、急展開のラスト。
予定した人間をすべて殺せなかった犯人ジョン・ドゥは、自分自身をもまた、七つの大罪の悪人として、そのいけにえにしつつ、七つの大罪としてのいけにえ7人を作りだすことだけには、成功する。

けれど、何の罪もないミルズの妻が殺されてしまっていることで、彼のシナリオは、不完全に終わる。ジョン・ドゥはゲームに負けている。
七つの大罪をシナリオどうりに完成できたのならば、神の言葉を忘れ、いまだに多くの罪を繰り返す人々への神の断罪をなしえて、彼は、神になりえたはずだった。

けれど、ゲームは、失敗し、シナリオは、矛盾を抱えてしまい、彼は神になりえなかった。

物語において、ジョン・ドゥの行動は予定外、だったけれど、映画としてのシナリオを描いた、ウォーカーにとっては、予定通りだったはず。

つまりは、最初の5人までは、悪人であったのであり、断罪される存在だった。はず。

けれど、残りの二人となるジョン・ドゥも、ミルズも、普通の人間。ジョン・ドゥは、最初断罪する側ではあっても、断罪される側つまり悪人、罪びと、大罪者ではなかったはず。
七つの大罪をすべてシナリオ通りに進めることで、彼は、彼の中では、神にすらなりえたはずだった。
そして、事件を追いかけるミルズもまた、自分は刑事であり、決して、罪を犯す側には回らない。と、心の奥底で確信していたはず。だった。

けれど、事件が急展開する中で、ジョン・ドゥも、ミルズもまた、結果的に七つの大罪の中にカウントされる大罪者となってしまったのだ。それはまさに、映画のシナリオを描いたウォーカーにとっては、予定通りなのだ。
ウォーカーは、最初から7人の中に、ジョン・ドゥとミルズの二人をカウントした上で、この物語を描いているのだ。けれどだからといって、ウォーカーは、自身を神と思うつもりもないし、ただ、物語として、人の罪を人として、啓示しているだけだ。

大概の人間は、罪を犯したり、犯罪者になったりしない。ものを盗んだり、人を殺したりしない、と心の奥で自分的には、確信しているはずだ。

けれど、実際には、ふとしたきっかけで、自分では思っていなかったような事態に巻き込まれ、入り込み、気がつけば大罪者となっている。

ちょっとしたことで、交通事故を起こして殺人者となっていたり、脱税していたり、スリをしていたり、きせるをしていたり、会社のお金を盗んでいたり、うそをついたり。

ミルズのように思いがけない状況で、犯人を殺す殺人者となる状況に追い込まれてしまったりする。

犯人、悪いことをする人間と、普通の人間とは、きっちり隔離されているわけではなく、きがつけば、普通の人間が、大罪者となっている。その境界は近い。

神の言葉は、届いているようで、届いていない。犯罪など、決して起こすまいと、思っているはずの自分自身が、何かのきっかけでふいに、犯罪者になってしまうかもしれない。

神の言葉は近いようで遠い。
これほど、いましめられていても、なお、人は、目の前に不意にあいた穴に落ちてしまう。

罪とは、人にとって、なんなのだろうと、考えさせられる映画でした。


ブラビがカッコ良かった。特に最後の演技がすごく良かった。心に染みました。
前半は、ただの気持ち悪い映画だったけれど、ラストシーンは、荒野の中での三人が、すばらしかったです。

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by civaka | 2014-05-30 15:28 | 映画 | Comments(0)