映画の記事はネタバレつきです。あしからず。

by civaka

カテゴリ:社会のあり方を考える( 126 )

年末年始の覚書

年末に毎年、年賀状とおせちをいい加減やめようかと考える。

今年もいろいろ考えて、結局いつも年賀状は元旦に書いて出す。

そして、おせちは、少しづつメニューを減らしている。
なにしろ、子供たちは、栗きんとんとお雑煮以外は食べない。
ので、おせちのほとんどは夫が食べる。
毎年食べるかどうか聞きながら、生協で頼むのだけれど、
さすがに今年は、田作りと、伊達巻をやめた
私もこの2品は好きじゃなくて、ほとんど食べないからだ。
だから、どう頑張って食べても、食べきれないのだ。
そして、好きだけれど、大きすぎて、食べきるのが大変なやつ頭も生協で頼むのはやめて、
もっと小さなものをスーパーで買った。
例年頼んでいた生協のなまそばもあまりおいしくないので、
やめて、もっと別のものをスーパーで買った。
来年もそうしようと思う。

大体は、普段買えない珍しいものが多いから買っているのだけれど、
卵焼きはいつでも買えるので、来年からは、買うのをやめようと思う。
夫も年を取って昔ほどの大食いではなくなってきたのもあると思う。


年賀状もトータルの数が減った。
来年は、20枚買えばいいかもしれない。
子供たちも、今年はあんまり年賀状を書かなかった。
ネットやスマホでやり取りしてしまうから、必要ないらしい。
今年の2日の年賀状の配達を郵便局自体がやめてしまったのだから、
本当に本格的に年賀状はなくなっていくのかもしれない。

毎年思うのは、どうしてお正月にごちそうをたべなければいけないのか。ということで。
お金もかかるし、普段もいいものを食べているし、必要ないかも。
お正月の間、なんかいつも、おなかいっぱいでしんどい。

親戚で集まったり、いろいろな接待や準備やなんかも面倒そうだ。
年末忙しくて疲れている年末のあとの時に、
実家に挨拶に行くのもいい加減めんどくさい。
子供たちが小さかった頃は、いとこと遊んだりして、ありがたかったけれど、
もう子供たちが大きくなってくると、一緒に行くこともないし、
行っても、退屈だし。
年老いた母に用意させるのももう無理だし、
たいした食べ物も出てこないし。
世の中も今は、親戚で集まるより家族でのんびり過ごすのだとか。
実際昔と違って、兄弟も二人程度なら、お正月のような特別な時でなくても、
集まることはできるし。

だんだんお正月も昔とは、違っていくらしい。それは、我が家だけじゃなくて、社会全体が。



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by civaka | 2017-01-14 13:51 | 社会のあり方を考える | Comments(0)

歯を治療しながら考える

歯の治療をしながら、自分が歯磨きをおざなりにしてきたことや、歯を大切にしてこなかったこと、歯を甘く見ていたことを後悔しています。反省しています。今はまだ、それでも、26本あるけれど、もしかして、いつか全部入れ歯になったらと、想像するとすごーく怖いのでした。
昔は、歯の治療といえば、『抜く』の一択だったようですし。
私の両親も私が子供のころすでに、入れ歯でした。
一生懸命歯を磨いている様子を見たこともなく。

「リンゴをかじって血が出るのは、歯槽膿漏です。」
なんていう歯磨き粉のコマーシャルで初めて、虫歯以外の歯の病気を知ったのではなかったのかな。
「お父さんは歯のたちが悪い。」と、よく母が言ってましたが、なんのことはない、歯槽膿漏だったせいで、虫歯でもないのに、歯が痛かった、あるいは、歯ぐきの痛みと歯の痛みがごちゃ混ぜになっていたのですね。
その挙句の治療がつまり、『歯を抜く』で、そして、結局総入れ歯なのですね。
その挙句園入れ歯がまた会わなくて、痛くて、の体たらく。

今はずいぶん歯の知識も普及してきて、歯の教育も普及してきて、私がうるさく言ったわけでもないのに、
子供たちはきちんとせっせと歯を磨いているので、虫歯もないし、治療済みの歯もないし、金属を入れていることもありません。

私は、下手な歯医者に親知らずの痛みを歯の痛みの間違われて根の治療をされて、その挙句その歯はダメになり、ブリッジをいれ、それ以降よくわからないまま、さらに一本歯を抜いたり、歯が欠けたり、そんなことの積み重ねで、奥歯はみんな銀色。
本当に歯の治療をしながら、深く反省しています。

今の歯医者は予約の時間に行くと、5分以内に呼ばれて30分以内には、きっちり清算まで終わって、歯医者のドアを出ている。今までの、歯医者さんがきてくれるまでずーっと治療台でまたされていたのとは、ずいぶん違う。
忙しい現代人に合わせた歯医者さんです。

それしても、セラミック、やすくならないかなぁ。


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by civaka | 2017-01-11 22:26 | 社会のあり方を考える | Comments(0)
ドラマ『逃げるが恥だが役に立つ』の最終回で、落としどころは、「共同経営者」だった。
夫婦の財産は夫婦のもの。
でも、日本の法律では、夫が死んだ途端に、国家が介入してきて、相続税を取り立て、夫婦経済の中に介入してくる。さらには、生前の贈与まで、口出ししてくる。夫名義の預金は下せなくなるし、財産を妻名義にしておけば、贈与税だといって、取り立てる。
国家では、夫婦の財産は、夫婦のものもではなく、あくまで夫のもの。戦前の家長制当時の価値観のまま、一向に変わらない。
男女共同参画だといいながら、そのあたりはちっとも変わらない。
こんなことでは、おちおち子育てもできない。
国家が夫婦の財産を取り立てるのなら、子育てなんかしてないで、働いて、妻である自分の財産を形成しておかないと、老後の暮らしもままならない。
けれど、今の若い世代ならいざ知らず、それ以前の世代は、女性の働きでは、生きていくこともままならない。

夫が死んだ途端、夫婦の経済は夫婦のものではなくなる。

夫婦が、共同経営者であるのは、夫が生きている間の話。

そのあたりまでは、書かれていないんだなと思ったけれど、原作はどうなのだろう。



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by civaka | 2017-01-03 08:16 | 社会のあり方を考える | Comments(0)

8020というけれど

8020

80歳で、20本の歯を残そうという。

でも、今だに、歯科治療の技術はあまり進んでいないうえに、
いまだに、まともな歯の治療を受けたければ、高額の自費診療になる。

いまだに、セラミックの歯は、高額だし、

今話題の「逃げ端」でも、主人公のみくりが、前歯の治療に高額の医療費が出せずに困ってましたしね。

2000年以降進歩したという最先端の治療もまた、
自費診療でなければ受けられないものが多いらしい。

しかも、歯医者は、普通の保険診療だけでは、ほとんどもうからないから、自費診療できるお金持ちの患者を持たないとならないと、依然読んだ本に書いてあったし。

そして、いつまでたっても、歯科診療は、最低ラインの部分しか、保険で負担してくれない。

これから、60歳をこえて、収入が、激減したらもう、おちおち歯医者にもいけないかもしれないし、自己負担のセラミックや、先端的な医療なんて受けられない。
どんどん減らされていく年金で、老後の歯科診療もおちおちうけられないのでは、80歳で20本の歯なんて無理なんじゃないかと思う。

歯科医療がいまだにあまり進まないのも、たとえ開発しても、保険負担にならないから、あんまり稼げなくて、開発の元が取れるかどうかの採算も取れなくて、だからなかなか進まないのだと思う。

セラミックの歯を保険負担で、一部でもいいから、できたらいいのにと思う。

歯科診療の保険負担範囲がもう少し増えますように。



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by civaka | 2016-12-02 22:15 | 社会のあり方を考える | Comments(0)

久しぶりに歯医者

歯の詰め物が取れて久しぶりに歯医者に行った。
中は虫歯になっていて、結局神経を取らないとだめということで、
久しぶりに虫歯治療を受けた。
久しぶりなので、ドキドキした
喘息で鼻炎なので、治療中に痰が絡んだり、鼻水が詰まったりするので、歯の治療はつらい。

それでも、レントゲンが一度には全部を撮影できたり、デジタルなので、一瞬で写真が見られたり、
治療後の仮詰めも、簡単で終わるし、以前より取れづらい。

ずいぶん技術が進歩してるなーと思う。

それでも、歯の治療はもう少し進歩してもいいはずなんじゃないのかなと思う。
相変わらず、歯は、金属で削られるし、保険内だと、金属だし、
普通に白い詰め物やかぶせものができるようにならないのかなぁ。

以前虫歯の治療を削らずにできるような技術があると聞いたことがあるんだけど、
一向に末端にはこないのかなあ。

ちゃんと毎日歯を磨いていても、治療済みのはずの歯の中で、虫歯が進んでしまうのはなんで。

右下の奥歯も時々痛いけど、これももしかして、中は虫歯なのかなぁ。

ふぅ。


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by civaka | 2016-11-06 06:58 | 社会のあり方を考える | Comments(0)
先日テレビで見たけれど、

今では当たり前になったリングプル集めのボランティア。
捨てられたリングプルを野生の鳥が飲み込んだりしてよくないから、その回収のために、リングプルを集めて車いすを買って施設に送る。
かって、さだまさしさんがラジオで呼びかけたことがはじまりだとか。

でも、長い時間の間に、技術が変わり、現在ではリングプルは缶から外せないようなっているとか。
無理に外すと危ないし、リングプルよりも、アルミ缶自体を集めた方が早く車いすを買えるお金が集まるとか。
それでも、小さなリングプルを集めることの達成感ゆえにいまだに続いているとか。

先日見た、WALK for WALTERの活動も、実際のアフリカにとっての価値は難しそうだし。

ボランティアだし、いいことだし、以前からやっている、周りがやっている、というだけでなく、
やる時は、再度その意味や、現在の価値や、現在のそのボランティアのもつ意味を
問い直したり、調べなおしたり、
もっと価値のあるボランティアを考えなおしたり、
そういうことも、必要だなと、思ったのでした。




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by civaka | 2016-11-02 08:44 | 社会のあり方を考える | Comments(0)

アフリカとは何か 補足

いろいろと書いた後で、ついでに息子にも、聞いてみた。
なんでアフリカは発展しないのか。

彼いわく、

ヨーロッパなどの先進国から、武器がアフリカに入っていて、その武器によって、内紛が続き、終わらないのだそうだ。
選挙をしても、反対勢力がその選挙結果に対して、不正があると言い出して、選挙結果が覆されたり、それをきっかけにして、内紛が起きたり、して、永遠のループが続いて、いつまでたっても、政情が落ち着かない。

あるいは、ヨーロッパが、廃棄物をアフリカに捨てる。
その廃棄物によって、海が汚染されて、漁業ができなくなる。
仕方ないから、入手した武器によって、海賊をする。

ヨーロッパは、武器を売りつけたり、廃棄物を捨てるために、アフリカが重要な価値を持つ。
アフリカが壊滅しないように、とりあえずの支援をする。
でも、それ以上のことはしない。

実質的な植民地のようなものだ。

ちなみに、アジアの場合は、日本軍が占領時に当時の現地の人々に武器によって戦う方法を訓練していったので、
戦後もう一度やってきた勝手の植民地支配国に対して戦った。
日本人が西洋各国と戦うのを見ることで、アジア人でも西洋に勝てるのだということを認識したことも大きい。

かつて、西洋列強国が次々に強大な武力で植民地化していくことにとてもかなわないと、支配されてしまっていたけれど、
そうじゃないと思ったことで、自分たちで、自分たちの国を作り始めた。

かつて、江戸末期、西洋が巨大な大砲をつんで日本にやってきたとき、日本だけは、その大砲に恐れをなすのだはなくて、
見よう見まねで、あるいは、現物を調べつつ、自分たちでも、大砲を作ってしまった。
そんなことを考えるのは、日本だけだそうだ。

植民地化されになかったタイもまた、映画「王様と私」を見てもわかるように、早くから、西洋の文明を取り入れていた。

けれどそれにしたって、やっぱり、アフリカは、自分たちの国をなんとかしようという建国の士はいないのだろうか。

私なりにもう少し考えれば、アフリカの国境を全部リセットして、もう一度民族ごとに仕切りなおせないのか。
もっとももうすでに、いろんな民族が入り混じってしまっていて、むずかしいだろうか。

一切の武器の輸出入の禁止もまた、難しいのだろう。

武器だけが原因なのかは、わからない。


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by civaka | 2016-10-27 18:22 | 社会のあり方を考える | Comments(0)
walk for water の記事を書いてから考えた。
なんで、アフリカの人たちは自分で井戸を掘らないのだろう。
だって、かなり前から、井戸掘りの支援はしているはず。
それをみて、自分たちで、作ることだってできるはず。
たとえ、稚拙な井戸であっても。
そもそも、なぜ水場に住まないの?
日本だったら、山が多いせいもあるけれど、ほとんどの村は、川のそばにあるし、
井戸だって、かなり昔から自分たちで掘っている。

というわけで、ネットで少し調べてみた。

そもそも、アフリカは、定住型農耕社会ではなく、いまだに、移動型の狩猟生活をしているらしく。
定住しないのなら当然、井戸なんて、掘らないし、意味ない。
だとしたら、先進国がやっている支援に意味もない。

アフリカは、いまだに、原始時代と変わらないのだろうか。
テレビで見るかぎり、アフリカの国の少なくとも、首都には、高層ビルも建っているし、先進国の都市と変わらないように見える。
けれど、それは、都市部だけで、普通の人たちは、いまだに、狩猟生活をしているのだとしたら、
それは一体どういうことなのか。

現地に行ってみると、都市には、実のところ、何にもないらしく。
そして、先進国の支援は、ほとんどが、搾取され、一部の政治家だけが、先進国のような裕福な生活をしているだけとか。

そもそも、先進国の要求する先進国的文化生活は、
西洋的価値観のおしつけにすぎないのではないのか。

文化人類学的には、西洋の文化的社会がすべての最終形態なのではなくて、
それぞれの国のそれぞれの地域のそれぞれの暮らし方は、
それはそれで、完成したものなのだと、
何かの本でも、読んだことがある。

西洋的価値観を世界中の国に強制することが果たして本当にいいのだろうか。

アフリカの国々がいまだに、移動型の暮らしをしているのは、彼らにとって、それが一番の完成形だからなのかもしれない。

確かに、現代の文化的な暮らしであれば、飢餓もなく、病死もずっと少なく、快適で、長命な人生と生活があるけれど、
はたしてそれが、一番いいこととも限らない。
社会に縛られず、経済にも、法律にも、税金にも縛られない暮らし、無駄に、長生きせず、運命のままの人生を送ることを選択してもいいのではないのだろうか。

あるいは、先日読んだ『言ってはいけない 残酷すぎる真実』の中に、書いてあったのだけれど、
人種による知能の差が存在する。
アメリカの研究者アーサー・ジェンセンの論文によると、
記憶力はすべての人種が持っているけれど、概念理解の能力を持っているのは、白人と、アジア系であり、
黒人とメキシコ系ヒスパニックは持っていないのだそうだ。

もちろん、アメリカに住む黒人の中には、優れた頭脳で社会的地位を築いている黒人もいる。
けれど、彼らの中には、長い年月を通して、いろいろな形で、白人の血が入っているわけだし。
昔やった、アメリカのアレックス・ヘイリーのドラマ「ルーツ」の中でも、持ち主である農場主に犯されて、子供を産む黒人奴隷のシーンもあった。

もし、本当に概念理解の能力がないのだとしたら、どんなに先進国が教えても、アフリカの黒人には、文化的社会を作り出すことはできないのかもしれない。

東南アジアが、植民地時代を乗り越えて、いま、それなりに、文化的国家を作っているにも関わらず、アフリカが21世紀の今ですら、原始時代と変わらないのには、そんな理由があるのだとしたら、いま数々行われている支援のほとんどすべては無駄なのかもしれない。

それは、永遠に大人にならない子供をずっと扶養していく覚悟が必要だ。ということだ。

さもなければ、彼らには彼らのもつ世界をそのまま認めていくことしかない。

アフリカ大陸の中で、どれほどの飢餓や、疫病の蔓延があったとしても、これ以降一切手出しをしないということだ。
それでも少なくとも、アフリカには、戦争はない。
第一次世界大戦も、第二次世界大戦も、一部を除いて、アフリカ大陸の上を通り抜けていったのだから。

だとしたら、walk for waterのような、支援もすべて、無駄なのかもしれない。
このイベントがあまり広がりを見せず、日本での知名度が低いままなのも、そんなところにあるのかもしれない。

すでにいろんなところで、アフリカへの支援に疑問を持ち、
これからの支援のあり方に、疑問を持ち始めている人たちも増え始めている気がする。






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by civaka | 2016-10-22 10:50 | 社会のあり方を考える | Comments(0)

walk for waterを、知る

今日は、お台場公園を散歩した。
久々のいい天気でとてもきもちよかった。

そこで、みかけたのが、「walk for water」と書かれた紙をもって立つ外国人の女性。

Walk for waterってなに?

水のために歩く。
水に向かって歩く?
水際を歩く
海を目指して歩く

初めて見る言葉だし、
そのあと、この言葉を印刷したTシャッを着た外国の人たちがたくさん歩いていた。

なんだろう。なんのイベントだろう。

家に帰って検索してみても、ほとんど出てこない。
日本では、ほとんど普及していない言葉、イベント。

唯一見つかる外国のサイトの、よくわからない日本語訳から
類推すると、

発展途上国の人たちは、衛生的で安全な水を手に入れるためには、
頭にカメやツボを載せて、あるいは、バケツを使ったりして、
たぶん安全な水のある川または、井戸まで、
平均3.5マイル歩かなくてはならないということのようです。

不完全な訳なので、そこから類推するしかありませんが、
安全な水をもっと楽に手に入れられるために井戸を掘ったりするための資金を集めるための
活動として、3.5マイルをTシャツを着て歩く。

たぶんそういうことなのだと思いますが、

今回お台場で、この言葉を見て、はじめて、知りました。
日本ではまだまだというか、ぜんぜん認知度が低いようです。
海外サイトでも、あまり出てこないので、世界的にも、認知度が低そう。

ただ、発展途上国に井戸をほろうという活動は、以前から聞くのだけれど、

walk for water

という活動はしらなかった。

安全でない水のために下痢をして失う命は、HIV、AIDS、大量虐殺、戦争、飢餓よりも多い。
のだそうです。

日本でこれから、この活動が普及していくのかは、わからないけれど、
そういえば、頭から、氷水を被るというアイスバケツチャレンジというのもありましたが、
最近聞かないかな。

3.5マイルというと、だいたい5.6キロメートルくらいです。
お台場まで歩いてきたとすると、レインボーブリッジを渡ってきたようなので、
出発点は、港区役所とか、田町駅、浜松町駅くらい。大変な距離ですよね。

ただ、あるくだけじゃなく、水辺まで歩いて、距離の半分は、バケツに入れた水をもって歩くらしいです。
今回見た人たちは、バケツは持っていなかったので、たぶん、3.5マイルを歩いただけなんだと思うんけど。

これを、毎日やるとしたら、相当しんどいなぁと、想像してみました。


ちょっと勉強になった今日でした。


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by civaka | 2016-10-16 17:16 | 社会のあり方を考える | Comments(0)

首都高が空いている

先日の日曜日、板橋のほうにある温泉に行ってきました。
微妙に遠いので、行きかえり、首都高を利用しましたが、
帰りは、うっかりして、都心をぬけるコースを通ってしまいましたが、意外なことに、すいていました。
びっくりです。
昔、バブル真っ盛りのころは、首都高は、端から端まで渋滞していました。
そのあとも、どうしてどうして、渋滞していました。
首都高は、なるべく、中心部は通らない。
旅行のためどうしても通る時は、とにかく、早起きして、朝早くに通り抜ける。
これが信条でしたが、

日曜日の真昼間、1時から2時くらいの時間に、ここまですいているのには、
驚きました。

いつも通り抜けるのに、1時間以上はかかるのに。
有り難いことは、ありがたいのですが、
その一方で、都内の一般道は以前より混んでいるとか。

最近の首都高の値上げで、みんな高速に乗らずに、一般道で移動するようになったのかもしれません。

実際、普通に下の道を走っていると、なんか車が多いなあと、最近感じていましたが、
実際どうなのか。

外環や、抜け道も最近多く作られているので、
そのせいで、すいているというか、無駄な渋滞がなくなったのかもしれません。

実際のところは、どうなのかなぁ。

アクアラインは、いまだに混むしなぁ。

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by civaka | 2016-09-27 18:26 | 社会のあり方を考える | Comments(0)