映画の記事はネタバレつきです。あしからず。

by civaka

カテゴリ:読書ノート( 20 )

ミニマリストを目指す気はないけど、
考え方を読みたいなと思って、買ってみた。
ミニマリストが流行りだして結構立つので、いまさらな時期の読書だけど、
まあまあ、読みやすくて、面白かった。

まあ、ようするに、今まで、
「資本主義に洗脳されすぎていたんじゃないかということに、いい加減気がつき始めた」
ということかなと、思う。
日々流されるコマーシャルや、情報番組や、おしゃれな売れ筋雑誌を日々読んでいたら、
なんかいろいろ買いたくなるし、買わなきゃいけない気がしてくるし、
ちょっと街に出れば、お店だらけで、あふれるばかりにものは売っているし、
次から次へと買いたくなるのも無理はない。
第一、日本ていう国は、現在、家以外のほとんどのものは、
買える。
ちょっと、あるいは、かなり高いものだって、どうしてもほしいと思えば、
買える。
そして、一生ものなんて言葉にも、ついうっかり惑わされる。

狭い家。
たくさんのもの。
モノがあふれるのも当たり前。
ある日突然それらが、うっとおしくなったって不思議じゃない。

でもそれにしても、ミニマリストたちの、ものの減らし方は、半端じゃない。
著者が通帳まですてるあたりで、さすがにこれはちょっと、と、思った。

物を捨てれば幸せになれる。
痩せれば幸せになれるというダイエットによく似てる。
はまりすぎると危ない。

それでも、いろいろと書かれたミニマルに至るまでの考え方には、なるほどと思った。
なかなか参考になる。
ものがありすぎるせいで、注意力や、集中力がそがれるというのは、当たっている。
ただ、こんまりさんの、「かたづけ」とは、微妙に視点が違う。

そして、みえのために本を買って、飾るという感覚は、私にはなかったので、ちょっと驚いた。
しかもそれをやっているのが、編集者なのだから。

男の人には、ミエのためにものを集めたり、という感覚があるのですね。
コレクターも男の人が多いし。

本当は好きじゃないのに、ミエのためのコレクションや、趣味、スポーツなんて。
捨ててもいいものが多いはずだ。

それでも、モノが多すぎて、片づけなくなる、なにもやらなくなる。
だらしなくなっていく。
というのは、わかる。というか、納得した。
私も同じような状況にはまっているなと、思った。

そして、幸せはなるものではなく、感じるものだというあたり、
すごく納得した。
どんな幸せもいずれ、なれる。
幸せを実感しなくなる。

だからこそ、幸せを感じる感受性こそ大切にするべきで、
だからこそ、モノに感受性を食われてはならないと。

すごく納得した。

ここまでのミニマルには、なりたくないけれど、
しばらく休んでいた、家の中の片づけをまた、再開しようかと思う。

しかし、捨てすぎないように気を付けたい。
捨てた後で、捨てなきゃよかったと思ことも、時々あるので。

これから、年金で、新しいものを買うより家の中の在庫を活用するほうが
絶対大切なのもまた、真実なのだから。

物を捨てる。
物を持つ。

そのバランスが難しい。

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by civaka | 2017-02-04 21:24 | 読書ノート | Comments(0)
実はまだちょっとしか読んでいないのだけれど、
アメリカの株式投資の世界が、実は、裏でとんでもないシステムが作られ、一般の投資家は、ほぼ、もうけられないという事実の暴露本。
まるで小説のようにストーリー調で書いてあるけれど、事実。
この本が出版された時、アメリカ国内では、ものすごい騒ぎになったとか。

相当すごいニュースだったはずなのに、日本で、そんなニュース聞いた覚えがない。
ニーサなどを実施して、国内の株取引を活発にしたい政府は、報道規制を行ったのだろうか。

このニュースが、国内で報道されたら、国内の一般投資家は、ほとんど株をやめてしまい、国内の株式市場は、大ダメージになりそうだ。

たとえ、事態のおきているのが、アメリカだとしても、日本でも、同じようなことが行われていないとは、言えない。

やっぱり、株って儲からない。とは、思ったけれど、
それにしたって、国家レベルの報道規制ってやっぱり、現実にあるんだ、と、そっちのほうが驚いた。
そして、とても怖い。

ニュースは毎日流されているけれど、日本国内で流されていない、海外のニュースっていったいどれほどあるのだろう。

ただ、この本、かつての「金持ちとうさん貧乏父さん」のように、長々と延々と描写が反復して続いていて、読むのがとてもたるい。
事実を信じてもらうにはこれくらい書き込まなければならなかったのかもしれないけれど、たるい。
実質、この三分の一くらいの量で足りるだろうし、ダイジェスト版とか、ほしいかもしれない。

オンラインゲームをやっていても感じるけれど、コンピーターの世界は、秒単位の世界。
アクセスの良さがものをいう世界。

フラッシュボーイズの正体はいったい....。

やっぱり、頭がよくて、ずるがしこい人間だけがお金持ちになっていくんだな。


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by civaka | 2016-11-28 16:51 | 読書ノート | Comments(0)
前から気になっていて、本屋に行くたびに目につくので、とうとう買ってみた。
今話題の一冊。ベストテンに入っていたこともあったはず。

確かに、面白い。そして、うならされた。

要は、
人の能力や、性格や、癖のほとんどは、遺伝。
実際、子どを育てていると、つくづく、どんなに親が頑張っても遺伝には、かなわないなあと思う。

頭の良さも、こまった癖も、遺伝なんだから、
親として、子供のために少しでもなんとかできないかと頑張ってみても、
限界がある。

本当に残酷すぎる真実だ。

そして、もう一つ、いろいろ書いてある中で、特にこの本で納得したのが、
子供は、子供の中で、育つ。育てらるということ。
今でこそ、子供は母親が育てるといわれているが、
現代のように母親が子供にべったり張りついて、
その人生のほとんどを費やして、子育てするなんて言うのは、
人類史上すごく珍しい。
私たちの世代は、子育ては母親がするものとか、
3歳までは母の手でとか、
まるで、昔からずーっとそうであるかのように言い含められ、洗脳されて、
えんえんと子育ての責任を負わされてきたれど、
実際には、今の社会体制がその方が都合がよいから、そういうことになってるだけで、

会社としては、女性に子育てや家事を一任したほうが男性をきっちり会社に縛りつけて、
好きなように使えるからに過ぎないし、
嫁姑の抗争だって、若い夫婦から親の世帯をはがしたほうが、
どこにでも、転勤させやすいからつくられた、ドラマによる洗脳のようにも思えるのだ。
もちろん、嫁姑、もめている家は、いっぱいあるのではあるが、
なんか、無意識のうちに、嫁と姑は、もめなければいけないと、思いこまされ、
ほんとにちょっとしたことで、怒っている気がしないでもない。

会社が日本にはびこる前までは、家族は、大人数で暮らしていたし、
子供は、立って歩けるようになれば、母親ではなく、子供たちの集団にマジてその中で、育っていった。
もちろん、最終的な責任は、親がとるのはもちろんなんだけど。

私たちが、子育てしている時も、子供たちは、3歳になる少し前くらいからもう、
母親だけとの生活に物足りなさを感じ始める。
親として、どうすればいいのか、子供が何を求めているのか、
なんだかわからなくて、当時は、本当に途方に暮れた。
だから、3年保育で、幼稚園に入れるとホッとする。
子供は母親が好きで母親とさえ一緒にいられればいいんだなんて、
嘘だ。

昔の人間社会も、子供は、乳離れすれば、子供の集団の中で暮らし、
母親は農作業や、草木の採集など、いろいろと忙しい。
生活に手いっぱいなのに、いちいち子供にはりついて、面倒なんて、見ていられない。
私自身もそんなにべったりは母親に育てられた記憶もない。

今の母親たちが、子育てに苦しくなってきたり、
若い夫婦が子供を殺してしまうのも無理はない。

もともと、子供は、村社会の中で、年長の子供たちと村全体とで育てられていたのだから。

そして、家事が昔ほど大変でなくなり、
人口が減って、優秀な人材の少なくなった現在。

女性たちが、子育てを保育園などに任せて、社会に出ていくことが、社会的に要求されるようになってきているのも、
当然の流れなのだろう。
それは、新しい時代というよりも、もとに戻るということだ。
今の日本は、3歳くらいにならないと幼稚園に入れられないし、保育園の数も少ない。
でも、アメリカや先進国は、もっと保育施設の数や質も充実している。
0歳児からどんどん保育園に預けて、女性は社会に出るのは、どんどん普通のことになっていくのだろう。

そういう風に読んでいて、子供がいじめで親に相談もせずに自殺してしまうのも、
こういう事情なのかと思った。
子供は、子供の社会の中で生きていくことが、絶対だからなのだろう。
子供の中で生きていけなければ、その先はあり得ないのだから。
ただ、今の社会は、いろんな年齢の集団ではなく、
どうしても、大人の都合で、年齢ごとに集団が作られていしまっていて、
年長の子供が責任をもって、年下の子供を面倒みるという構造じゃない。
だから、子供社会がゆがむ。
年齢で区切るのではなく、もっと、年齢間の交流のできる、保育園や、学校のシステムが必要なんだと思う。

もうひとつ、面白いのが、人間のあり方は、一夫一妻制よりも、
そもそもは、乱婚だったのではないのかという話。
そう思えば、男性がやたら、浮気するのも、
カップルが3年くらいで、飽きてくるのも、
ありかもしれない
乱婚でできた子供は、村の中で、村全体で育てる。
実際、経済力も、子育て力もない、若い人たちに子育てさせるよりもいいと思う。
特に、これからの少子化の社会では、ちゃんとしたカップルが結婚して子育てするのを待っていたら、
人口は、減るばかりだろう。
まして、金持ちほど、子供の数は少ない。
一人っ子のところも多い。
子供の多い家庭は、貧乏だっりもするし。
それでも、幼稚園や、学校が、子供たちの面倒を見てくれていたから、
一夫一妻制でも、子育てしてこられたのだろう。
社会が多くの部分の子育てを引き受けていたから。
けれどこれからは、さらに、0歳児からの保育、高校、大学教育、までも、社会で負担しないと、
子供は育てられないし、人口減少を改善できないかもしれない。

それにしても、乱婚。
ちょっと面白そうだけど、
もし、現代の社会で、乱婚のシステムが実行されたらどうなるんだろう。
まあたしかに、アメリカなんかでは、すでに、スワップとか、あるもんねえ。

ほかにもいろいろ、興味のある話題が多い。
面白かった。

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by civaka | 2016-10-01 10:44 | 読書ノート | Comments(0)
我が家は次男で、新屋なので、当然先祖代々の墓もない。
いつか買わなくちゃいけないんだろうかと思いつつも、どうしたものかと、思っていた。
なにしろ、葬式とか、仏壇とか、って、いろいろ細かいいろいろなしきたりも、私たちには、まったくわけわからない。
なにしろ、葬式なんて、人生にそう何回もあるイベントじゃないし、予想外の時期に突然やってくる。

わからないことが多すぎ。

というわけで、読み始めた今回のこの本。

とてもよくわかりました。
特に、戒名の意味とか、その値段とか、相場とか、きまりとか。

お寺にお墓を持つ限り、どうしても、葬式の時には、お経代とか、戒名代とかかかるということです。
というわけで、それじゃあ、霊園で、お墓を買うかなあと思ったけれど、公立の霊園は倍率高いし、申し込みの時に、骨をもっていないと、いけないし、民間の霊園だと、運営会社がつぶれるかもしれないし。
でもこれからの時代、お寺だって、経営破たんしかねないし。
たとえ、お墓をかったとしても、はたして、自分の子供たちが、そのあとも、子供を作って、家を続けていくかわかないし、それなのに、高いお金をだして、お墓を買うことに意味があるのかと、悩んでしまうのだ。

キリスト教なら、ずっと信者として、協会とかかやー割り続けているし、お墓も個人単位だから、いいなあと思う。

今の日本で、お墓が、家単位なのは、もう、無理があるなと思う。しかも人口が、どんどん年に集まっていて、その土地代の高い都市に、さらに、お墓も集中するのだろう。

海などへの散骨もだんだん普及し始めてはいるし、樹木葬とかも、あるけれど。
それはそれで、お金かかりそうだ。

さらに、お葬式も、直葬、家族葬など、以前より、お金のかからないシンプルなものが増え始めているらしい。

とにかく、今までのお葬式はお金がかかりすぎる。



ようするにもお経もせず、通夜も告別式もカットして、いきなり、火葬場で、燃やしてしまうとか、近所の人とか、親戚とか、そもそも普段それほど交流のない人を会葬者として、無理に呼んだりしないということで。

すし屋や床屋が、最近値段やシステムをリセットして、廉価なのものが普及したように、葬式や、お墓も、だんだんシンプルでわかりやすくて、安いものに、リセットされるのだろうと思う。

ただ、日本人みたいに、地味な人たちには、葬式や、法事は、明るくなくても、罪悪感も感じなくても済むけれど、親族が時々顔を合わせて、話のできる一種のパーティとして、それはそれで意味のあるシステムなんじゃないかとも思える。

だから、無理にやる必要はないけれど、やることを必要以上に義務とも、思う必要も、ないし、やりたかったら、やってもいいんだろうと思う。

とりあえず、わけわかんなかった感がなくなって、少しほっとしたかも。

それでも、葬式とか、お墓とか、すごくめんどくさくて、心に重い仕事だなと、思う。
お金がかかっても、先祖代々のお墓がすでにある人はいいなあ。とも、思う。












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by civaka | 2016-02-27 08:03 | 読書ノート | Comments(0)
おもわずまた、チロルチョコが食べたくなった。
おもしろかった。

チロルチョコ株式会社の歴史と内状と、企画の苦労がよくわかるたのしい漫画。

私自身は子供のころから見ていた気がしたけど、大人になってから、コンビニでよく見かけるようになって、新しいブームと、思っていたけど、チロルチョコの右与曲折の苦労の結果なんだなーと。

チロルチョコの開発の苦労を読みながら、読んでる自分もいろいろなチロルチョコの企画を考えてしまいました。

サーテワンアイスのいろんなアイスや、ミスタードーナッツのいろんなドーナツも、チロルチョコにしたら、おいしいかも。

私特に、ストロベリーチーズケーキ好きなんですが。チロルチョコにしたら、おいしそう。







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by civaka | 2015-09-12 21:30 | 読書ノート | Comments(0)
もっと早くこの本を読んでいたら、
うちの息子をもっとまともに大人に育てられたかもしれないと、後悔している。

いつまでたっても幼さを持ち続けていることがずっと謎だったのだけれど、
この本を読んでやっとわかった。
ちゃんと息子を大人扱いしなさすぎた。
手をかけ過ぎた。
過保護すぎた。
暇にあかせて手をかけ過ぎてしまった。何でも私がやってしまっていた。
二人目になると親も飽きてきて、手を抜くせいか、
娘は結構しっかり育った。
なるほど、めんどくさくて、手を抜いて、結構いろんなことを本人にやらせていたせいなんだ。

で、今から、もう、大人になって、家をでて、自立している息子を
それにもかかわらず、いつまでも気持ちが大人になっていない息子をどうすればいいのか。
その辺りはやっぱりわからない。

というわけで、この本は、喘息治療と、引きこもりなどの治療をしている先生の書いた本。
どちらの病気も原因はおなじで、子育て環境が激変し、環境が子供を育ててくれなくなって、母親一人が子供を育てなくてはならなくなった現代のせい。
ということらしい。

本来子供は地域の力で育っていたはずのものなのに、現代地域に子育ての力はなくなり、そのせいで、子供たちはまともに育たなくなった。
本来子育ての方法を親に教えるなんて必要のないこと、だそうだ。

けれどわたしは、やっぱり、子供を二人育てていて、どう育てていいかわからなくて、途方に暮れていた。いろんな子育ての本も読んだし、いろんな講演会もききに行った。自分の親から受けた教育も参考にしつつ、なんとか育てたけれど、やっぱり、もっといろいろもっときっちり、子育ての方法論を、今の親たちには、教えるべきだと思う。

なぜかと言えば、時代が、社会の価値観が、社会の情勢がわずか数十年でこれほど変わった時代はないからだ。

私の父の家は、武家。母の実家は農家。
父は鋏の渡し方や、食事の席では、コップを順に手渡すことや、いろいろ細かくしつけて教えてくれた。けれど、母は、ただ、どなりつけるだけで、細やかなしつけや教育はしてくれなかった。

農家と言うのは、江戸時代以来とにかくお上に逆らわない。地域の村社会にひたすら従順に従う。自分の意見をもったり、自分で考えたりしてはいけない。農民の世界とはそういうものだ。
だから、親は子供に対しては、ただひたすら、どなりつけるか、ぶんなぐるか、たたくか。
自発性や、自分で考えるなんて人間に育ててはならない。

一方で、武家は、特に上の階級の家ほど、主君に意見したり、藩内の政治のためにいろいろと考えたりしていかなければならない。自分で考え工夫し、社会をよくするための努力をしなければならない。そのために、武家では、文字を教え、論語を読ませ、厳しくしつけ、藩内の人間関係や、家ごとの付き合いのために、マナーやルールも細かく教えなくてはならない。

まさに、今の時代には、すべての家庭がこの武家の子育てをしなくてはならない時代だ。
けれど、よほどの武家や、ある程度教養のある親の家でなければ、こんな子育ての方法論は伝承されていない。

時代の変化と言えば、明治維新も、戦後もあった。けれど、明治維新後も農民は農民のままだったし、そのあとは、農民が、工場員になっただけで、単純作業をただ黙々とやるだけ。時代は変わっても、状況はかわらない。

農家の家系の家では、怒鳴りつけて、親の言うことを従順に聞かせる子育てだけが継承されている。

けれど、これからは、すべて家庭で、武家の子育てが必要であるのだから、やはり、社会的に、公教育や、いろいろな講演や、テレビ番組や、あらゆる方法で、新しい時代の、自分で考え行動する大人な人間を育てる方法論を普及させていく必要があるのではないかと思う。

その上で、久徳先生にも、もっとがんばっていただきたいと、思うのであります。


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by civaka | 2015-04-06 08:43 | 読書ノート | Comments(0)
売れっ子ブロガーちきりんさんの本。
読みたいと思いつつ、買いかねていたのだけれど、ブックオフで、500円だったので、買ってみた。

ちきりんさんは、女性だとおもうのだけれど、読んでいると、なんとなく、男の人の本のような感じがした。
価値観やものの見方、意見がすごく男性的。
というか、タイトルが、自分の頭で考えようというわりには、男性的な視点、ビジネスの世界の常識的な論理の展開、一般的なビジネス書や、大学の経済学系の授業の受け売り、そのままというような感じがした。

女性なら、もっと女性らしい視点でのものの見方があってもいいのではないかと、思えた。

例えば、少子化の問題。
解決のひとつとしては、人口の輸入。移民の受け入れが、提案されたりしている。
でも、実際に、子育てをしてみれば、日本における移民はそんなに簡単なものではないことくらいわかる。とも思う。
ちきりんさんは、独身?
ディンクス?
移民でとりあえずの人が増えればいいのか?
それとも、移民して、日本に住み始めた人たちがちゃんと子育てして、次の世代の人間を育ててほしいのか?

日本の社会は、外国人が入り込むのはとても大変だし、日本の子供が大人になって、日本社会で生きていけるように住むためには、基本的なしつけや、義務教育、高等教育を受けさせて、育てていかなければ、日本社会で働いて自立して生きていける人材には育たない。ただの国家のお荷物にしかならない。そのためには、親自体の教養や、教育のあるなし、が必要になる。
わが子の通っていた小学校も、東南アジアや、インドなどのお母さんたちがいたけれど、日本語も話せなかったする。おかげで、連絡網をまわすことすらできなかった。
移民さえすれば、なんていう簡単なものじゃない。
実際今現在、日本人さえ、まともに仕事に就けないのだから。

その一方で、一人の人間の就労年月は、昔の1.5倍に伸びつつある。昔と今で、人数が同じであるとしたら、社会の実労働人数は増えている。と言える。そしてせっかく教育を受け、仕事に慣れた人間ならなるべく長く使う方が効率だっていい。
さらに、出産の高齢化を、逆に出産の低年齢化によって、出産の効率を上げることだってできる。
いままで、25歳から30歳での出産だったのを、高校生、大学生での出産育児を奨励、援助することによって、出産の循環が早くなれば、実質的な、出産増ともいえる。60年の間に、2回の出産が、3回の出産になる。ともいえる。

そういうリアル視点がない。

ほかにも、この意見は、どうかなあ、違うんじゃないかなぁというところも、結構あった。

とにかく、思ったほど、面白い本じゃなかった。
もう少し、彫りこみがほしい。





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by civaka | 2014-04-03 22:41 | 読書ノート | Comments(0)

ホリエモンの『ゼロ』

ホリエモンが出所してきて、何回かテレビのトーク番組にでていた。
ちょっとやせた。
で、番組の中で宣伝していたので、さすがに読みたくなって買ってみた。
書店では何回も見ていたんだけど、さすがに買う気にはなれなくて。なんせ、新刊だし。
でも、テレビの威力はすごいわー。買いたくなっちゃったもの。

初めてホリエモンが、自分のことを語った本。
あまりなかのよくなかったらしい両親。
柔道をやらされたりいろいろと、厳しかったらしい両親。

両親揃った家庭だったにもかかわらず、なんだかあんまり家庭的な温かさを味わえずに育った人なんだと。

そして、彼がなぜ、企業には、はいらず、あんなに起業するのか。わかった気がします。
パソコンがほしかった彼は、でも、あんな高いもの、子供のうちに買ってもらえるはずもなく。
一家に一台当たり前のようにあるような、今の時代ともちがう。
しかたなく、新聞配達のバイトをして、手に入れたパソコン。
このバイトで彼は、ほしいもののために、がんばって働く尊さよりも、
少しのお金のために、きつい仕事をするつらさを学んでしまったようだ。
人に雇われて働くばかばかしさをしってしまったのではないだろうか。

それ以降大人になった時、ホリエモンは、会社に入る、雇われて働くということをきっちりと、除外したのかもしれない。
彼が働くということは、起業し、自分の作りだした仕事を自分のためにやることのようだ。

一般に厳しくしつけること、仕事をしてお金を得ることの尊さを親は教えようとするけれど、
必ずしも、大人の思惑どうりに、子供が、学びとるとは限らないのだろう。

彼が働くことを切望するのは、仕事を通してしか、人とかかわれないから。
さびしい人だと、思う。

でも、人はみんなさびしいのだから、仕方ないのかもしれない。

わが子に会えないことだけがつらいと思う彼に、せめてひとりでも子を持つことができてよかったのかもしれないし。
出来るなら、もう一度、今度こそ本当に好きな人に出会って、本当に温かい家庭を持つことが出来たらいいのにと思う。

本当に頭のいい人で、日本という社会をとても冷静に的確に判断している人なのだから。
家庭というものの本当の在り方をしったら、もっともっと、日本がどうあるべきか、いい発言をしてくれるんじゃないかと思う。

普段本を読まないうちの旦那がめずらしい、いっき読みしていたので、意外と読みやすい本かもしれません。





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by civaka | 2014-03-30 02:52 | 読書ノート | Comments(0)
ちまたでは、がん治療を否定する本が話題で、そしてさらに、それを否定する本もでてきました。
どちらも読んでみた。

私が読んだのは、『医者に殺されない47の心得』という本で、これは、近藤誠さんという慶應大学の放射線科のお医者さまの書いたものです。この人は、ほかにも、『患者よ、がんと闘うな』とか、がん治療を否定する本を何冊も描いているようです。私が読んだのは、この一冊だけど、まあだいたい内容は同じだと思う。

この本を読んでまず思ったのは、がんになっても、いやなら、がん治療なんてしなくてもいいんだということ。
これを知ってなんだかすごくほっとしたのです。なんとなくだけど、がんになったら、つらい治療をしなくちゃいけないんだろうなと、漠然と思っていた。入院となれば、お金もすごくかかりそうだし、家族の負担も結構あるし、テレビや映画でみるかぎり、なんだかがん治療って痛くて、つらくて、たいへんそう。
考えてみたら、風邪くらいなら、結構医者に行かずに、治してしまう人も多いのに、がんだと、治療しなきゃいけないと思ってるのはなぜだろう。少なくとも、患者には、治療を受けないという選択肢もあるし、治療にお金をかける分を他に回して、旅行にいったり、いろいろおいしいものを食べたり、今まで我慢していたものを買ったり、生活をたのしんだり、家族にお金を残してあげたりしたい。
とも思う。わけで。

それでももちろん、もし、本当にがんになったら、治療しないという選択を本当にできろるどうかは、自信ないなと、思っていた。

まあ、これらの本は、いま、世間でも、いろいろ非難や否定や反論も受けていたりするわけですが。



そんな時に、さらに、医療否定本を否定する『「医療否定本」に殺されないための48の真実』という本もみつけたので、さらに読んでみた。
結局のところ、抗がん剤ががんを治す薬ではないこと。
あくまで、薬というのは、延命のためのものだということ。(すべたの薬はそうです。)
が、わかったというところでしょうか。
この本でいうところは、がんも初期のものなら、ちゃんと治療をした方がいいということ。
ただ、人生の晩年なら、治療しなくていいというか、薬は、所詮延命のものなのだから、高齢なら無理して治療する必要はない、あるいは、いらない。というもの。

2冊読んで、結局のところ、抗がん剤は、やっぱり、効かないのかも。と、思った。

すべての薬は、やはり、延命のためのものであるという、真実。確かにっ!!!

若いうちなら、やはり、治療するだろうけれど、70を超えたら、治療しないか。
と、考えてみたり。
70才を超えたらもう、病気というより、老化の一種。なんだ。


ちなみに、日本人の6人に一人が、がんで死ぬらしいですが、私の周りにそんなにがんの人いるかなーと。考えてみる。
家族、親せき、友人、近所の人、そのほかのしりあい。

私の知ってる範囲では、3人かナ。でも、しりあいは、36人以上いるはず。6人に1人って本当?
ひとりは、私のおじさんでもうかなりの高齢でした。これは、老化、老衰に近い感じ。
もうひとりは、だんなのおじさんで、50代でした。手術したけど、翌年にはなくなられてしまいました。
最初は、胃潰瘍とも聞かされていたし、本当のところは、どうなのかよくわからない。
でも、若いですね。特にがん治療をしていたようにはみえませんでした。胃の手術をしただけ。

三人目は、私の友人。子宮ガンなので、他の癌に比べると、どうなのかな。
でも、友人だから、やっぱりちゃんと治療して、生きていてほしいと、思うわけだ。
何年もいろいろと治療したり、手術したり、しているらしく。
たまに会う時は、元気で、そんな風には見えないけれど。
やっばり若いうちは、治療してほしいと、思う。それで、命が伸びるなら。

私自身は、まだ、がんは関係ないかも。の、ところにいる。だから、実際のところは、よくわからない。
本をきっかけに少しだけ考えてみた。






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by civaka | 2014-03-16 09:13 | 読書ノート | Comments(0)

『就活のコノヤロー』

『就活のバカヤロー』の続編。
バカヤローもおもしろかったけど、コノヤローの方はさらに面白い。
就活のことがよくわかる。

こういうことをやるには、やっぱり相手側の事情を知るのが一番。

前回はリクルートが就活の大変さの原因だと、思った。
でも、今作をよんで、結局就活がこんなに大変になったのは、企業のせいなんだと、つくづく思った。
何回就活協定をつくっても、いい学生がほしくて、抜け駆けをはじめる企業たち。

で、現在多すぎる応募とそれに対応するためのおおすぎる面接やES読み。

そのせいで逆に雑になる選考。
しろうと社員まで導入する面接。

大正時代からつづく協定破り。

面接と選考で結局一番しりたいのは、ちゃんと仕事できるかと、本当に自分の会社に来るのかということだと思う。そのための、面接であり、試験であり、ESだと思うけど、実際数が多すぎてこなせないという、逆転現象になってしまっている。

つくづく思うのは、すべての会社が全部同じ日に面接をやればいいのにということだ。
そうすれば、絶対学生は、第一志望の会社に来る。
受ける方と取る方も、確実に第一志望と分かる。

当然膨大な数の面接にはならない。

いい学生が他の面接に行かれたら困ると思うかもしれないけど、今の多数併願制で、内定だしても、結局来る気のない学生はこないのだから、無意味だ。

第一回面接の後、、採用数がたりなければ、第二次面接をまた、協定によって、日にちを決めてやればいいと思う。

それでも、採用数がたりないなら、普通に中途採用すればいいだけ。

日本の就活の最大の問題点は、新卒の時にしか、就職チャンスがないことだけだ。
でも、学生なんて、大学の3年生、4年生でも、まだまだ、子供だ。

でも、面接がへたでも、ESがへたでも、やとってみれば、ちゃんと仕事できるし、社会にでて、数年たっていれば、新卒教育しなくても、使える。

新卒採用にこだわるのもやめて、もう少し社員採用を柔軟にしてもいいのにと、思う。

ちなみに、過去に抜け駆けしまくった会社は本当にいい社員を採用できたのか、知りたいところだ。




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by civaka | 2014-01-07 11:04 | 読書ノート | Comments(0)