旅行や、都内散歩、関東近辺の日帰り旅行、普段の生活や思ったことなど書いてます。

by civaka

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ホリエモンの『ゼロ』

ホリエモンが出所してきて、何回かテレビのトーク番組にでていた。
ちょっとやせた。
で、番組の中で宣伝していたので、さすがに読みたくなって買ってみた。
書店では何回も見ていたんだけど、さすがに買う気にはなれなくて。なんせ、新刊だし。
でも、テレビの威力はすごいわー。買いたくなっちゃったもの。

初めてホリエモンが、自分のことを語った本。
あまりなかのよくなかったらしい両親。
柔道をやらされたりいろいろと、厳しかったらしい両親。

両親揃った家庭だったにもかかわらず、なんだかあんまり家庭的な温かさを味わえずに育った人なんだと。

そして、彼がなぜ、企業には、はいらず、あんなに起業するのか。わかった気がします。
パソコンがほしかった彼は、でも、あんな高いもの、子供のうちに買ってもらえるはずもなく。
一家に一台当たり前のようにあるような、今の時代ともちがう。
しかたなく、新聞配達のバイトをして、手に入れたパソコン。
このバイトで彼は、ほしいもののために、がんばって働く尊さよりも、
少しのお金のために、きつい仕事をするつらさを学んでしまったようだ。
人に雇われて働くばかばかしさをしってしまったのではないだろうか。

それ以降大人になった時、ホリエモンは、会社に入る、雇われて働くということをきっちりと、除外したのかもしれない。
彼が働くということは、起業し、自分の作りだした仕事を自分のためにやることのようだ。

一般に厳しくしつけること、仕事をしてお金を得ることの尊さを親は教えようとするけれど、
必ずしも、大人の思惑どうりに、子供が、学びとるとは限らないのだろう。

彼が働くことを切望するのは、仕事を通してしか、人とかかわれないから。
さびしい人だと、思う。

でも、人はみんなさびしいのだから、仕方ないのかもしれない。

わが子に会えないことだけがつらいと思う彼に、せめてひとりでも子を持つことができてよかったのかもしれないし。
出来るなら、もう一度、今度こそ本当に好きな人に出会って、本当に温かい家庭を持つことが出来たらいいのにと思う。

本当に頭のいい人で、日本という社会をとても冷静に的確に判断している人なのだから。
家庭というものの本当の在り方をしったら、もっともっと、日本がどうあるべきか、いい発言をしてくれるんじゃないかと思う。

普段本を読まないうちの旦那がめずらしい、いっき読みしていたので、意外と読みやすい本かもしれません。





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by civaka | 2014-03-30 02:52 | 読書ノート | Comments(0)
そもそも、ロボット掃除機を買おうと思ったのは、寝室のベットの下の床部分を掃除したかったから。
今までは、ペットのマットレスを自力で横にたてて、その下の台の板をどけて、掃除機をかけていた。
でも、それだとすごく大変で、だから、何か月に一回くらいしかやらず、普段は、周りの床を掃除した時に、横から掃除機のヘッドをいれて、掃除できるところを掃除するくらいだった。これだと、全面をくまなくはできない。
これからは、体力も落ちるし、マットレスを上げるのはしんどいし、もっと毎日掃除出来れば、喘息もよくなるかもしれない。

と、思って買ったのが、ルンバ770。
ところが、これ。9cmくらいのたかさがあって、なんと、ベットの下にはいらなかった。
しょうがないので、ルンバは、一階用にして、もう一台買うことにしたのでした。

で、ベットの下は、以外に低い。7.5cmくらいしかない。
いろいろあるロボット掃除機のなかで、唯一、高さが7cmだったのが、CCPの905でした。

ほんとにここまで低いのは、ほんとにこれだけ。

日本に来るとみんな小型化され、コンパクトになる。

おかげでしっかり寝室がきれいになりました。
たっぷりと、床のほこりが取れていました。ありがたい。
ロボット掃除機は多少仕上がりがムラで、人間がやるように隅から隅まできっちりきれいにはならないけれど、毎日かけていれば、ほぼ何とかきれいになるでしょう。
というわけで、ほぼ毎日そうじしてもらっているわけです。

ちなみに、今回のロボット掃除機を買うにあたって、いろいろなサイトを読んで、勉強になりました。
そして、国内の大手の家電メーカーのものがかならずしも、いいものを売っているとは、限らないこと、
高いからといっていいとは限らないこと、
国内大手家電といっても、中身は実は、韓国産のものだったりすること、
家電量販店は安いと思っていたけれど、ネットで売られているものの方がずっと安いこと、などが、わかりました。
同じ品物でも、1万円以上の開きがありました。
家電量販店て、意外と高いのかも。
国内の中小企業メーカーでも、それなりに頑張って作っていることも知りました。
そして、家の近くにある3種類の家電量販店を見比べてみると、今やどこのお店でも、ロボット掃除機が売っていました。
でも、お店によって、微妙に品ぞろえが違うし、お店の良しあし、品ぞろえの眼力、対応の良しあしもよくわかりました。
ロボット掃除機にかぎらず、他の製品も、そんな要素があるのかもしれないと、知ったのでした。

今。50代を中心にロボット掃除機が地味に普及し始めているようです。
それにしても、狙ったわけじゃないけど、たまたま、消費税導入直前の購入で、消費税対策になっていたのには、自分でもびっくり。
ルンバは、新型がでましたが、まあ、型落ちの700シリーズでも、5万円台。か、その下でも4万円。このあたりで十分です。これでもまだまだ高いですけど。

さらには、国内のメーカでは、CCPと、ツカモトがいいと思います。格段に安いです。
8000円代から、2万、3万くらい。
わたしの買った905は、18000円弱。

まあ、ロボット掃除機を買うなら、3万くらいのものが無難かもしれませんが、安いものでも、十分使えるとも思えます。

ルンバを買ってから、毎日掃除するようになったので、家の中がいつもきれいです。
自分でやるとなると、見た目きれいだとやらないし、結構めんどうでやらなかったり、体調わるくてやらなかったりするので、やっぱり、ロボット掃除機はありがたいです。






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by civaka | 2014-03-23 10:22 | 社会のあり方を考える | Comments(0)
ちまたでは、がん治療を否定する本が話題で、そしてさらに、それを否定する本もでてきました。
どちらも読んでみた。

私が読んだのは、『医者に殺されない47の心得』という本で、これは、近藤誠さんという慶應大学の放射線科のお医者さまの書いたものです。この人は、ほかにも、『患者よ、がんと闘うな』とか、がん治療を否定する本を何冊も描いているようです。私が読んだのは、この一冊だけど、まあだいたい内容は同じだと思う。

この本を読んでまず思ったのは、がんになっても、いやなら、がん治療なんてしなくてもいいんだということ。
これを知ってなんだかすごくほっとしたのです。なんとなくだけど、がんになったら、つらい治療をしなくちゃいけないんだろうなと、漠然と思っていた。入院となれば、お金もすごくかかりそうだし、家族の負担も結構あるし、テレビや映画でみるかぎり、なんだかがん治療って痛くて、つらくて、たいへんそう。
考えてみたら、風邪くらいなら、結構医者に行かずに、治してしまう人も多いのに、がんだと、治療しなきゃいけないと思ってるのはなぜだろう。少なくとも、患者には、治療を受けないという選択肢もあるし、治療にお金をかける分を他に回して、旅行にいったり、いろいろおいしいものを食べたり、今まで我慢していたものを買ったり、生活をたのしんだり、家族にお金を残してあげたりしたい。
とも思う。わけで。

それでももちろん、もし、本当にがんになったら、治療しないという選択を本当にできろるどうかは、自信ないなと、思っていた。

まあ、これらの本は、いま、世間でも、いろいろ非難や否定や反論も受けていたりするわけですが。



そんな時に、さらに、医療否定本を否定する『「医療否定本」に殺されないための48の真実』という本もみつけたので、さらに読んでみた。
結局のところ、抗がん剤ががんを治す薬ではないこと。
あくまで、薬というのは、延命のためのものだということ。(すべたの薬はそうです。)
が、わかったというところでしょうか。
この本でいうところは、がんも初期のものなら、ちゃんと治療をした方がいいということ。
ただ、人生の晩年なら、治療しなくていいというか、薬は、所詮延命のものなのだから、高齢なら無理して治療する必要はない、あるいは、いらない。というもの。

2冊読んで、結局のところ、抗がん剤は、やっぱり、効かないのかも。と、思った。

すべての薬は、やはり、延命のためのものであるという、真実。確かにっ!!!

若いうちなら、やはり、治療するだろうけれど、70を超えたら、治療しないか。
と、考えてみたり。
70才を超えたらもう、病気というより、老化の一種。なんだ。


ちなみに、日本人の6人に一人が、がんで死ぬらしいですが、私の周りにそんなにがんの人いるかなーと。考えてみる。
家族、親せき、友人、近所の人、そのほかのしりあい。

私の知ってる範囲では、3人かナ。でも、しりあいは、36人以上いるはず。6人に1人って本当?
ひとりは、私のおじさんでもうかなりの高齢でした。これは、老化、老衰に近い感じ。
もうひとりは、だんなのおじさんで、50代でした。手術したけど、翌年にはなくなられてしまいました。
最初は、胃潰瘍とも聞かされていたし、本当のところは、どうなのかよくわからない。
でも、若いですね。特にがん治療をしていたようにはみえませんでした。胃の手術をしただけ。

三人目は、私の友人。子宮ガンなので、他の癌に比べると、どうなのかな。
でも、友人だから、やっぱりちゃんと治療して、生きていてほしいと、思うわけだ。
何年もいろいろと治療したり、手術したり、しているらしく。
たまに会う時は、元気で、そんな風には見えないけれど。
やっばり若いうちは、治療してほしいと、思う。それで、命が伸びるなら。

私自身は、まだ、がんは関係ないかも。の、ところにいる。だから、実際のところは、よくわからない。
本をきっかけに少しだけ考えてみた。






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by civaka | 2014-03-16 09:13 | 読書ノート | Comments(0)

県都をつくる

都会と地方。
都会といえば、東京のことだけれど、この東京のミニチュア版を各県につくる。
東京が日本の首都であるように、各県に県の首都、県都をつくる。
東京は、結構厳しいところでもあり、東京にあわなくて、故郷に戻ってしまう人も多い。
でも、県都なら、東京ほどは、厳しくないし、自分の生まれ故郷でありながら、都会であるところ。
いまある県庁所在地の市をさらに、レベルアップさせて、都会にする。

地方自治体は箱ものを造るのだ好きだけど、どうせ作るなら、この県都の外周か中のあいている土地に公営住宅を作る。
そして、へき地やほとんど高齢者だけの村などに住む一人暮らしの高齢者さんたちを住まわせる。
もちろん、強制ではありません。江戸時代や、社会主義国家じゃないですからね。
ただ、他に引越すことが出来なくて、しかたなく、住んでいる場合もあると思うし、山などは、雪崩や、水害、などの災害による住むには危険な場所住んでいる場合もあるからです。
災害によって、家をうしなってしまったばあいにも、これらの住宅にすんでもらうといい。

すでに子供たちが都会に入ってしまったりして、昔からの家で住居費がかからず、おかねがかかるしなれないから、他に行けずにそこに住んでいる場合など、この公営住宅に引っ越してもらえば、いい。そうすれば、ほぼひとのいない村まで水道電気などの施設をメンテナンスしなくても済むし、郵便配達や、県や市の役所が行ういろいろな対応もしなくて済む。
賃貸料もすごく安くしたり、80歳以上は、無料にしたりでもいいと思うし。
そうすると、少ない年金の生活でも、なんとかなりそう。

公共事業は、集会のためのホールや、野球場などのスポーツ施設をつくっているけれど、そういうものは、使用するのは、極一部の人。
野球なんて、あんなにひろいのに、9人しか遊べないし、野球をやる人しか使えない。
ある意味すごく効率悪い。
住むところのような、生活の基本を、公共で保障してもらって、娯楽は自分のお金を使う。
というのじゃ、駄目なのかな。
場合によっては、社会主義っぽいか。
でも、娯楽って大切なものだよね。
生活の基本がもっと安く済めば、娯楽にお金を出すようになる。
というのは、だめですかね。

そして、この公営住宅に住む人が増えれば、その周りには、自然に、スーパーができ、家具や電化製品、雑貨の店が出来始める。医者の診療所も出来る。ドラックストアもできる。それらが出来れば、そこ之近くに他の人たちもすみはじめるし、それらのお店で働く人たちのための住まいも出来る。その人たちが住むことで、さらにそのための新たな店も出来る。病院や保育所、幼稚園が、でき始める。
そんな風にしてだんだん新しい都会ができていく。


県都に引越してもらえば、県がおこなう行政のメンテナンスもらくだし、生存確認なども楽。
都会に住むことで、スーパーや医療機関に行くのも楽。
映画館やショッピングセーンター、趣味のお店も、近ければ、自分で行ける。
その分、都市の収入もふえる。
人の多いところなら、ぼけにくくなったり、老けにくくなったりするかも。
意識が覚醒する。
村全員で引っ越して、同じ住宅になるようにしてあげる。
また、公営住宅自体は、大型のものではなく、なるべく小さめのものをたくさん作る。
その方が、建て替えがやりやすいはず。

東京だけが都会じゃない。

県にも大きな都会があれば、親を残して都会に出なくても、県都で仕事が出来る。

東京はもうマックス状態。住居費も物価も高いし、住むのは相変わらず大変。

県都レベルでくらす方が楽になったらと、思う。

これは、東京を否定しているわけじゃなくて、東京のような街をより地方にたくさん作ったらどうかという話です。
非難されることも多い東京だけど、それでも、多くの人が東京にやってくるのは、やっぱり都市としての魅力があるから。
東京の魅力って?

人が多い。
仕事が多い。会社が多い。
娯楽が多い。美術館、劇場、博物館、飲食店、洋服店などのお店。
お店が多い。だから、いろいろなものが手に入れやすい。

だから、県の都市も、ただ、県庁所在地というだけでなく、もっと大きくて人が多くて、なんでもある街にする。

かつては、日本は農業国家で、ほとんどは、農民だったから、農地をもとめていろいろなところに拡散し、みつけた農地のそばに住んでいた。そこに村が出来た。かつての村はそれなりに、仕事があり、人がいて、需要もあったけれど、今、仕事のほとんどは、農業ではなくなってしまっていて、農地のそばに住まない人の方が多い。住んでいたまま、移動できなくて、そこにいる場合も多い。
でも、人というのは、群れてすむもので。都市にすんで、畑に通勤することもできる時代なのではないかと、思う。なんたって、車っていうものがあるんだから。今の時代は。でも、畑と離れて住むと、農作物をぬすまれたりしないのか。それだけは、私も心配です。





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by civaka | 2014-03-13 12:44 | 社会のあり方を考える | Comments(2)

レストランで

レストランで、スパゲティを頼んだ。
食後にケーキのつくセットで。
スパゲティがきて、セットの紅茶が来た。
「食後にケーキをおもちしますね。」
といわれて、はいはいと、思って食べ始める。
食べ終わって、ケーキを待つ。
なかなか来ない。いつまでたっても来ない。
仕方ないから、「まだですか」と、催促することになる。

いろんなお店で、メインの食後にケーキや飲み物をたのんでも、
まずちゃんと持ってきてもらえることがない。

大概は、「たのんだのですが、」と、いうしかないし、めんどくさくなって、ケーキのこないまま、お店を出てしまうこともある。
そのさい、レジで、セットのケーキは食べていないことを告げても、ちょっとした謝罪があるくらい。
もちろん、ケーキの分のお金は払わないけれど。

どうせちゃんと持ってこれないなら、いっそ、セットなんかしなければいいのに。
と、いつも思う。
まあ、セットじゃなくて、食後にお茶やケーキを頼んでも、メインと一緒に最初に注文すると、まず、来ないんだけど。

だから、飲み物に関しては、かならずいつも、食事と一緒に持ってきてもらうように頼む。

なぜいつも、ちゃんと持ってきてもらえないのか。

ウエイトレスさんたちは、どこでも、一生懸命働いていて、がんばっているようにみえるのに、なぜこういう手落ちがあるのだろう。

いっそ、ヨーロッパのように、テーブルごとに担当をきめて、そのテーブルのオーダーは、担当者が管理すればとも思う。
日本の場合は、すべての店員さんがすべてのテーブルの仕事をする。
だから、ていっぱい働いていれば、十分という感じになってしまうのか。

ヨーロッパの場合は、そとにあるカフェなんかで、座った時、そのテーブルの担当者が休んでいると、他のウェイターがいても、そのテーブルで座ってもいつまでまっても、オーダーをとりに来てくれないとか。

すべてのテーブルの仕事をする日本ではそんなことはないのだけれど、そのぶん、食後のケーキやお茶を届けてくれないなんてことがおきるのか。テーブル担当がいれば、大丈夫になるのか、どうなのか。

毎回来ないケーキやお茶にいらいらし、催促することにうんざりする。

せめて、お店の店長さんや、オーナーさんは、店員さんたちに、食後のオーダーを忘れないように、時々チェックするように、指導してほしいと、いつも思う。

全くほんとに、どこのお店に行っても、こんな目に会うのは、もう、うんざりです。




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by civaka | 2014-03-09 17:54 | 社会のあり方を考える | Comments(0)