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by civaka

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『もらとりあむタマ子』

もらとりあむといっても、この言葉がいわれ始めた初期の頃のモラトリアムと、今、この映画で使われているもらとりあむは違うと思う。
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以前のモラトリアムは、自分の意思で、社会人になることを拒否した若者たちのことだ。

けれど、この映画におけるタマ子のもらとりあむは、社会人なりたくても、なれないという、厳しい就職状況による結果としての、もらとりあむであって、もらとりあむということで、社会人になれずに、立ち止まっていなければならない現代の若者たちのシビアな状況をあらわしている。

映画の中ではそういうものは一切説明されない。けれど、2014年のいま、新卒就職は氷河期以上のシビアさだ。
そんな就活戦線を戦って、疲れ果て、結局、実家に戻ってくるしかなかったタマ子の痛みがわかるからこそ、父親もまた、彼女になにもいわないのだろう。

なぜなら、いまどきの若者が当たり前のようにもっているスマホも、もっていなければ、携帯すら、たいして使わない。
新年のあいさつメールすら、早めにそそくさとうって終わりにしてしまおうとしている。
郷里で久しぶりにであった友達とすら、おちおち話をしたがらない。
なぜなら、話しをし始めれば、入社した会社での苦労話という、就職出来なかった人間には果てしなくつらい話を、聞かされる羽目になるからだ。
だから、タマ子は、スマホも携帯もせず、ただひたすらに漫画を読むしかない。
漫画を読むだけなら、外部とつながらなくてすむからだ。
就活という現実と、向き合わなくてすむからだ。

そういう状況にあって、もらとりあむという言葉は、まだ社会に出られずにいる彼女に対して、今はまだ人生の猶予期間なんだよ、だから大丈夫だよという、ある意味優しい言葉ですらある。
かつてのモラトリアムという言葉が大人になることを拒否している若者たちへの批難を込めた言葉であったのとは、正反対なのではないのかと、思う。

そんなタマ子が出会った、父親の再婚相手に、彼女は初めて自分の心の中のわだかまりや自分の本音を話すことが出来る。
両親が仲良く暮らしていれば、素直にはきだせたかもしれない彼女の中のうっ屈を、解きほぐしてくれたのだろうと、思う。



AKB48を卒業してから、どんどんきれいになって行くあっちゃんがすてきだ。そしてそのあっちゃんが、とびきりの美人でもないごく普通の女の子として、怠惰で人生に迷っている大人一歩手前のタマ子をごくごく自然に演じていて、めちゃくちゃおもしろかった。

地方の何気ない商店のせまい部屋、散らかった室内、あまりきれいでもない店構えなどなどが、なんともリアルで、父と娘の食事風景がほんとにリアルで。

ほとんどセリフで語られないことでわかりにくい、タマ子の心情のほとんどが、この食事シーンで語られているのが面白い。
アイドル応募のためにダイエットサラダを食べていたり、それがだめになって、お団子をたべまくっていたり、ロールキャベツみたいな、つくるのがめちゃくちゃめんどくさい料理がつくられていたり。
食事のシーンの多い映画はたのしい。


・<a href=http://cinema.pia.co.jp/title/163247/>もらとりあむタマ子@ぴあ映画生活</a>


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by civaka | 2014-06-28 10:00 | 映画 | Comments(0)
近藤誠さんのベストセラー「医者に殺されない47の心得」を読んでみて、本当のところどうなんだろう。
彼の言ってることは正しいのか、そうじゃないのか、信じていいのか、真に受けたらあぶないのか?
と、考えていた。

ほかにも、彼は、「患者よ、がんと闘うな」など、
今の医療を否定するいろいろな本を書いている。
それらに対して、多くの他の医者などが反論している。

この47の心得の本には、がん治療の否定のほかにも、高血圧や、検診などの、今の予防医療のうそなど、いろいろ書いてある。

はたしてどうなんだと思っていたが、ここにきて、最近、実際に検診の数値が大幅に改定されるようになってきている。

ということは、彼の本に書いてあることは、それほど外れてもいない、ある程度信じてもいい部分があるのかもしれない。

というところで、最近テレビの多くの医療番組で、がん治療や高血圧治療の重要性をやたら、アピールする内容の番組が増えた。これらを見ていると、やっぱり、がん治療をした方がいいのか、高血圧はよくないのかという気になってきてしまう。

その他にも、池上彰さんの番組やNHKの『あさいち』でも、検診の数字の改定は怖いんじゃないか。病気が見逃されるようになってしまうのではないかと、いうような内容の焦点の当て方で番組が作られてしまっている。

せっかく、検診の数字が大幅に改定されるようになったのに、また、元に戻ってしまうような、番組の作り方はやめてほしい。というか、これらの番組の裏で、どこかから、圧力や、情報操作がされていたり、しないのだろうかと、思ってしまう。

私自身、喘息でかかっている医者に毎回血圧のことを言われていて、うんざりしているのが事実。
はっきりいって、本当にうんざりなのだ。

実際のところ、高血圧の指導といっても、ただ、体重を減らしなさい、運動しなさいというだけで、
たいして役にたつことなんかしてくれるわけじゃない。
うるさく言われてストレスがたまるだけだ。
実際これを言われるたんびに死にたくなる。

だって、30年間ずっとやせようとしているにもかかわらず、体重は、増えるばかりだし、
食べる量を減らせばただ、体がだるくなるだけで、体重は決して減らない。
運動をして、一日2000以上歩いた時にも、体重は減らなかった。
運動をしても、食べる量を減らしても、実際には、やせない。
本当にやせるためには、どこかに隔離されて、プロによって徹底的に管理計算された食事と運動と生活が必要だ。けれど、実際のところ、そんなことは無理だ。
入院によって、それを実践したとしても、退院して、元の生活にもどれば、体重も戻る。
一生他人に管理された生活を送らない限り、たぶん無理だと思う。

アサイチをみていても、とても太った主婦の人が、医療の指導で運動食事をしていたようだけれど、太っていた。あの人がやせることなんてあるんだろうか。
ただ漠然と、体重を減らせ、運動白というだけの指導に意味なんてあるのか。
そんな指導だけで、患者はやせるんだろうか。

だったら、血圧の薬じゃなくて、やせる薬を処方してほしいものだ。



そして、年をとれば、若いころより動かなくなるのだし、高血圧による心臓の負担は実際には少なくなるのでは。

血圧をおさえる薬によって、末端に血がいかなくなるせいで、ボケるという意見もある。
もしそうだとすれば、血圧の薬なんて、飲みたくない。

その一方で、高血圧のせいで、脳梗塞になるともいう。

実際のところどうなのか。
患者のことより、お金儲け優先の薬品会社や、お医者さんの意見じゃなくて、
本当に正しい高血圧治療の方法論が、なるべく早く、確立してほしいと、思うのです。
私が血圧の薬を処方されて、飲まざるをえなくなる前に。




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by civaka | 2014-06-27 10:17 | 社会のあり方を考える | Comments(0)

けなしの文化

日本というのは、けなすということが、一つの文化なのかと、思う。

なんだか、けなさないと、いけないんじゃないと、心の奥で思っているようなところがある。

人と普通にあって、話をしている時に、相手をけなすようなことはもちろん基本しない。
でも、それ以外のことでは、いろんなところで、いろんなものをけなすことに、義務感を感じているような気がする。

日本のネットで、けなすような激しい書き込みが多いのも、そんな日本人の心の奥の心理の表れじゃないのか。

親が子供を、「おまえは、頭が悪い」とか、顔が悪いとか、きがきかないとか、不器用だとか、
とてもよくけなす。
褒められることは少ないのに。
こんな何気ない普段の言葉でのけなしを、ほとんどの人が親 から受けているのではないか。
それを真にうけて、自分はだめなんだと、思ってしまう人も多いだろうし、親とはそういうものだと、思っている場合も多いだろう。

親の側も、子供の欠点は、言っとかないと、いけないじゃないかという、焦燥感や、不安感や、義務感で言っている場合も多い。

そんな感じがする。

こんな日本人の心の奥に滞留しているけなしの文化は、もう、いらないんじゃないのか。

実際のところ、けなさなくても、子供はちゃんと、自分のいいところも、悪いところも、自分で理解して、育っていくものだし。

ネットの掲示板の、けなしや否定の羅列も見苦しい。

何か事があると、みんながまってましたとばかりに、非難の言葉を上げ始めたり、
国会中継のやじのひどさは、たびたびニュースになるくらい。
あんなやじも、心のどこかで、やじんなくちゃいけないんじゃないかと、思ってませんかね。

アメリカののように褒める文化がうらやましい。

日本の梅雨のようなけなしの文化。

別にけなすのは義務じゃないし、やんなくたって全然大丈夫なんですよ。

そういいながら、自分自身も、いろいろとやってきたな。けなし。
今後あまりやらないようにしようかと、ふと、思ってみた。






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by civaka | 2014-06-21 07:42 | 社会のあり方を考える | Comments(0)