映画の記事はネタバレつきです。あしからず。

by civaka

『最後の忠臣蔵』

ひさびさにすごくいい映画でした。a0226627_3504463.jpg

忠臣蔵自体はそんなに好きなものではないし、そんなに期待してなかったのですが、みてみたら、すごくいいお話で、ひさびさに感動してしまいました。
おもしろかったです。

城はなくとも、多くの家臣がいなくとも、
姫君を姫君として、育てることはできるのだなと。

領地はなくとも、国はなくとも、ばらばらになって生きているはずの藩民、藩臣の心の中に藩が、国がありつづけるのだなと、思いました。


忠臣蔵の討ち入りのあとに、生き残った二人の男。
討ち入りの後、自害してはてるはずだったはずなのに、大石内蔵助の命により、
生き残った二人の男。

一人は討ち入りののち、生きることに苦しみ、悪事に落ちるかもしれない47士の残された家族にわずかではあるけれど、お金を渡すためにちりぢりになった家族をさがして諸国を捜し歩いた男。

もう一人は、命が惜しくなって、討ち入り前夜に逃げたと思われていた男。けれど、実は、大石内蔵助のかつての愛妾と、生まれてくるはずの子供を守るために、待ち焦がれていた討ち入りをあきらめ、討ち入り前にそっと逃げ延びた男。

彼によって、残った大石家の姫は、育てられたのでした。

京都のはずれのひなびた小さな小屋のようなところで、にもかかわらず一国の姫にも負けない品格と品性と香り立つような美しさと気高さをただよわせるような姫君を。独り身のたった一人の男の人が、たった一人で育てたのでした。

城も、かしづくはずの多くの家臣もいないにもかかわらず。

そして、嫁入りの日にはせ参じたかつての赤穂の藩臣たちに、気後れすることもなく、当然のように慄然と、言葉をかける姫君の品格を、わずか16、7の少女が持ち合わせるということのすごさ。

しつけも教養も数々のマナーも、彼と、もう一人の女性によって、育て上げられたのだと思うと、本当にすごいと、思いました。

クライマックスのシーン。豪商の家の跡取り息子に嫁ぐ姫君。はじめはわすが数人のさびしい嫁入り行列だったのが、どこからか話を聞きつけたかつての赤穂藩の臣民たちが、行列に加わるために、次々と駆けつけてくる場面が、ものすごく面白くて、感動。ほろほろと泣いてしまいました。007.gif

ひさびさにすごくいいお話でした。

私にも娘はいますが、こんな品格を身につけさせてあげられるほどの技量もなく。
反省しきりでした。008.gif


赤穂藩の藩主浅野が吉良の言葉に怒ったのが事件のきっかけ。
吉良は実はそれなりにいい人物だったのではという説もありますし、こんなことで怒りだして、結局多くの藩民を苦しめることになった浅野は藩主としては器量が足りなすぎたのではとは思います。
それでもやっばり多くの人の前で浅野のプライドをきづつけるようなことを吉良は言うべきではなかったのではないかと、思います。
やはり相手がどんな行動をとったにせよ、相手のプライドをきづつけるようなことをいってはならなかったのだと、思います。
プライドに対しての対価を、数十年後に吉良はとらされることになるわけですね。

そしてそのプライドのために、赤穂浪士たちは、討ち入りをしたのですし。

この『最後の忠臣蔵』もまた、武士の、男の、女の、赤穂の藩民たちのプライドの物語なのだと、思います。

最後の忠臣蔵@ぴあ映画生活

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# by civaka | 2011-10-03 03:55 | 映画 | Comments(0)

10年たってみたら

まだまだ暑い日が続いていて、うんざりです。
ものすごい台風で昨日はちょっと寒いくらいだったのに、
台風がとおりすぎたらまた、当たり前のように暑いです。
来年の夏を乗り越える自信がもうぜんぜんありません。

娘は大学生活、部活、バイトっと忙しい毎日を元気に楽しく過ごしています。
息子はとりあえず就職もきまってホッとしています。
この夏は毎日家で好き勝手なことをして、のんきに過ごしています。

ちまたではもう新学期でみんな学校に通い始めていますが、
二人とも大学生の我が家では、まだまだ夏休みまっさい中です。

いったいいつになったら、学生らしくなるんだろう。

息子の中学受験から10年。
とうとう大学も卒業です。

実際のところ、中学受験というのは、この日をめざしてはじめられているわけで、
シュウカツが終わって、長い十年の歳月に、やっと終わりを迎えたような気がします。

このたった十年の間にも世の中の価値観も社会の状況も激変していて、
ほんとにビックリです。

かつて、中学受験を始めた時、
世の中は、
特に難関校受験生といえば、
東大をめざし
法学部をめざし、
将来は、弁護士か、医者か、官僚
がテンプレートでした。

でも、十年たってみると、
官僚バッシングは激しく、依然ほどいい仕事かどうかわからない。
弁護士も資格試験に合格しても、弁護士事務所にはいれなければ、
自力で弁護士の経験を積まなければならず、結構厳しい状況らしいです。

医者も今はいろいろと激務ですし、ものすごくお金がかかるし、
病院経営は難しそうだし。

大企業は、いまや、外国にのっとられたり、
外国の社長になっちっゃたり、
あるいは、入社したとしても、海外勤務ばかりになりそう。
親が具合悪くても、おちおち帰国もできず、
治安の悪い発展途上国や中国に行かされたり。

大変な思いで受験をかいくぐり、一生けん命勉強した結果が、海外勤務で、
豊かで落ち着いた日本にゆっくり棲むこともできないなんて。

しかも、残業ばかりで、ゆっくり家にいることもできない。

しかも、不景気で、給料も以前ほどには、昇給しないかもしれない。

いったい、なんのために、がんばってきたのかわからないなぁっと、
つくづくシュウカツを目の前にして、考えてしまいました。

お金と気合をかけてきたのに、こんな結果になるんなら、
いったい今までの頑張りはなんでしょうね。

ある意味ほんとに母親業なんてばかみたいだなぁとか、
考えてしまいます。

子育てなんてしないで、ずっと正社員として働いていた方が、
お金たまったし、好きなこともできたし、年金もしっかりもらえただろうし。

世の中の女性はもうみーんな子育てなんてやめて、働いた方がいいよ。
次の世代なんかいなくなってしまったった、そんなこと知ったこっちゃないじゃん。

ちゃんと子供育てて、学校行かせて、就職させて、結婚させて、
なんていろいろやってみたって、この国は、
母親にこんなに冷たいんだしさぁ。

せっかく育てたわが子に、おちおち会えないばかりか、
過労死させられたり、海外に売り飛ばされたり。
奴隷のようにこき使われたり。

ああばかばかはしい。

それならまだいい方で、うっかりすると、仕事に就くことすらできない。

じゃあいったい私たち、なんでこんなに苦労して子育てしたり、
PTA役員引き受けたり、正社員あきらめて、割の悪いパート社員
なんて身分に甘んじているんだろうね。

このままいくと大企業はもう日本の会社じゃなくて、外資になりそうだし、
中小企業はその下で、ぎりぎりのお金で使いまわされてるし。

変な国だねぇ。

まあうちも、あの時あんなにひどいゆとり教育なんかでなければ、
無理して中学受験なんてしないでも済んだのにね。

当時の学校の授業はゆるすぎました。

医者や弁護士や官僚を目指していたわけじゃないけど。
ちゃんとした勉強させたいじゃないですか。

将来どんな仕事につくかなんて分かんなかったけど、
とりあえず、子供のためのベストを考えて育てないわけにもいかないでしょう。
でも、そだてあげてみれば、おちおち子供にもあえなくなっちぅんですねぇ。

今年は311事件もあって、シュウカツスケジュールは例年とは全く違う長いスタンのもので、
かなりの学生が例年以上に苦戦したようでした。
優秀な多くの学生が、就職に苦労していたようですし、
就職留年を決めた学生も多くいます。

日本はだれのためにあるんだろう。

とりあえず、ここまで育てました。
一人の人間として、やるべきことはやったとは思う。

それにしても、あと10年たったら、日本は今度はどんなふうにかわってるんでしようね。
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# by civaka | 2011-09-22 14:18 | 社会のあり方を考える | Comments(2)
先日ひさびさに地下鉄にのりました。
9時前に。

そしたら、車中のおじさんたちというか、サラリーマンの人たちが、みーんな半そでで、ノーネクタイでした。
そうそうこうでなくっちゃね。

まったくなんで真夏に、わざわざ背広来て、ネクタイなんかしめているんだか。
そんでもってそのためにクーラーガンガンに入れてたりね。
わけわかりません。

うちのだんなも結婚当初は、夏は半そでのワイシャツで出勤してました。
そのころはそれでも、ネクタイはしていきましたが。

それが数年のうちに、上着をきるようになって、で、上着だと、袖のしたが気持ち悪いからって、ワイシャツも長袖をきるようになって。

どうやら会社の中がどんどんみんなそんなふうになっていて、旦那も上着をきないわけにいかなくなっていっていたらしいのです。

わたしも、それをみるたびに、そして、出かけて街中の真夏に背広をきたおじさんたちをみるたびにばかみたいだなーっと思ってました。

子供たちが電車での通学で寒いさむいといって、夏に上着で出かけるようにもなっていました。

本当に変だったあのころの日本て。

いま、脱原発といって、火力とか風力とか新しい発電を考えているみたいだけれど、もしそれがうまくいって、電気がいっぱいできるようになって、また、もとどおりに、夏にクーラーがんがんいれるようになって、節電てことを忘れてしまったら、そのほうがいやだな。

それくらいなら、このままずーっと電力不足の日本のままの方がいい。

せっかくクールビズが根付いてきたんだし、この習慣はこのままちゃんとつづいていってほしいです。

自然環境をヒトの技術でなんとかできるなんて、思い込みすぎないでほしいよ。

経済の活性化のために、自然環境をいためてもきにしないってこの価値観もなんとかしてほしいよ。

みんなが震災で少しつましくくらそうと考え始めたのに、経済が落ちると困るから、つましくしないでほしいなんて考え方はどうかしてる。無理なぜいたくなんかしなくても、普通に暮らしいいけるそんな経済システムはいつできるの?

九月にはいって少し涼しくなったのに、またここにきてものすごく暑いです。
つかれちゃってなんにもできません。

早く涼しくなってほしいです。
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# by civaka | 2011-09-15 09:54 | 社会のあり方を考える | Comments(2)
すごーく怖そうなあおりにドキドキしながらみはじめたのですが、
みてみたらやっぱり悪魔ネタ。
アメリカの悪魔ネタ映画は、日本人である私には、ぜんぜん怖くありません。
怖くない理由はココに書きましたが。


すんごい豪邸に引っ越してきたファミリー。a0226627_14295370.jpg
夫ダニエル、妻クリスティ、長女アリ、そして生まれたばかりの長男ハンター。

けれど、この家の中にはなにか変なものがいるらしい。

最初にきづいたのは、ハンターの子守役の女性でしたが、変なものを信じない夫ダニエルは解雇してしまいます。

次にきづいたアリによって徐々に解明されていく謎の正体。
それは、悪魔。

悪魔と契約したものは、その血筋の最初の男児を悪魔にささげなければならない。


さてさて、それほど怖いシーンもスプラッタなシーンも実はありません。
そして、最後まで悪魔は実体を映像化されません。
でもよくみていると確かにいるんですね。
見えないだけで。
なるほどね。

で、悪魔の側の立場になってみてみると・・・・・・。

悪魔と契約したレイ家の最初の男児をいただくために上役から命令されてやったきた下っ端の悪魔。
どうしたものかと家の中をうろうろ。
人間にはみえないからいいけど、さすがにうまれたばかりのハンターには見えるらしく、視線があってしまいました。まだ無垢な心のハンターは悪魔がみえるけれど、怖いとも思わない。

「誰、コノヒト。」

最初にぎづいた子守の女性は解雇され、とりあえずハンターに憑依してみるけれど、赤子なので、自分の足で連れ出すのは無理そう。悪魔はあきらめて、ハンターの体からでて、とりあえず地下室に隠れます。
うろついてるとハンターにみられてばれちゃうし。

これは他の誰かに憑依して、ハンターを連れ出すしかありません。

まずは、ひとりきりになったアリに憑依してみようとするけれど、なかなか感のするどい子で、きずかれてしまいます。うーん。だめだ。

ダニエルは根っから悪魔のようなものは信じていないので、どうにも憑依できません。
精神的に強くてタフな奴はむり。

ジャグジーを熱湯にして脅してみたり、プールクリーナーをいたずらしてみても、ぜんぜんびびってくれません。とても無理。

となると、残るは、クリスティ。でも、姉妹のケイから非現実的なものを信じてまどわされちゃだめよと、さとされてしまい、ちょっと憑依しづらくなってしまいます。

とりあえず、犬も動物で感がいいので悪魔の存在にきづいてしまう。じゃまなので、追っ払っておき、ちょうどひとりきりになったクリスティを無理やり地下室に引きずり込み、脅かして、心理的なダメージを与え、精神的に不安定になったのをみはからって、やっと憑依することができました。

ところが、やっぱりそこは、ハンターの母親。ハンターを誘拐しようにも、体の中の彼女の母親としての心に邪魔されてなかなか連れ出せません。

そして、クリスティに憑依した悪魔の存在にきづいたダニエルによって、クリスティの体から追い出されてしまいます。

と、ここまではよかったのですが、ダニエルがクリスティから姉妹のケイに悪魔を移したことで、結局、ケイに憑依した悪魔によって、ダニエルもクリスティも殺され、ハンターは、連れ去られてしまったのでした。

ジャンジャン♪

したっぱ悪魔のお仕事は成功。
悪魔サイドでみれば、ハッピーエンドです。
んなばかなっ。



こういう現実世界の富と栄光のために悪魔と契約するという話。アメリカ映画には、よくありますね。
富のためなら、悪魔との契約、つまり、盗みや強盗や、殺人といった悪いことをやってもかまわない。
そういう感覚がアメリカ人にはけっこうあるってことでしょうか。
日本人には、お金はほしくても、ちょっとそこまではできない気がするんだけど。

でも、そういう国民性があるから、なんどもこういう話が作られるのだろうし、人を殺す殺人兵器だとわかっているのに、そういうものを生産して、売って、お金儲けする企業や、その経営者がいるわけですよね。

それってようするにまさに、富のために悪魔と契約しているってことそのもの。

どうしてこういうことできるのか、私個人にはその感覚はおよそぴんとこないけれど、実際に、自分の血筋を引き継ぐものを目の前で殺されたり、連れ去られたりしないと、理解できないってことでしょうか。

たとえば、グランドゼロの事件のように。

ちなみに、中国にも、論語をつくった孔子や、孟子、などなどたくさんの道徳的なことを説教した偉い人がたくさんでているけれど、それってやっぱ、中国人ってなかなか道徳的なことがみにつかない国民性なのかな?と、ふと、考えてしまいました。
だって今、資本主義化と同時に、ディズニーとか、ガンダムとか、アイポットとか、他国のいろんな知的財産を平気でコピーしてますよねぇ。
中国人て、以外に道徳観が薄い国民性なのでしょうか。
まあ、コピーはもちろんほかにもねいろいろやっているひとやところはあるんだけど、あそこまでどうどうと、平気な顔でできるなんてすごい。
恋敵を手足を切ってトイレにおいといた西太后とか。
なんか大陸に住んでる人ってタフだよねぇ。

教えても教えてもみにつかないから、あんなにたくさん道徳を説教する人がででくるのでは。

日本にいるとピンとこないけど、世界のいろんな国のいろんな民族のひとたちは、いろんな特性をもっているんですねきっと。


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パラノーマル・アクティビティ2@ぴあ映画生活
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# by civaka | 2011-09-12 14:41 | 映画 | Comments(0)
ナルニアシリーズのいよいよ第3章です。a0226627_47147.jpg

どうも公開された記憶がなかったので、いきなり、DVDレンタルになっていたので、びっくりしました。
しらないうちに上映されて、終わってしまっていたのですね。
いつのまに・・・。

でも、なかなかよくできていて、ほぼおもしろかったです。
というかもう、この辺りは、ストーリーほぼ忘れてしまっていますからねぇ。003.gif

でもこれ、原作のサブタイトルは、『朝開き丸東の海へ』じゃなかったかな。
もっとも、この映画版のタイトルの方がわかりやすいし、客受けはするでしょうねえ。

さて、物語は、まだまだ戦争中の中、四人兄弟のうち、ピーターとスーザンの上二人は、なぜか父親とアメリカにわたってしまっていて、下の二人だけが戦火のイギリスに残っています。知り合いの家にあずけられてうんざりの二人は、ルーシーの部屋の海の絵がナルニアの景色に似ていることを発見します。

そこから、ルーシー、エドマンドといとこのユースチスをまきこんで新しいナルニアの冒険が始まります。

ルーシーもエドマンドも、それぞれに姉のスーザン、兄のピーターにコンプレックスを持っています。
特にルーシーは、スーザンのようにきれいになりたいと思っています。そのため美しくくなれる魔法のかかれたページを魔法書から破り取って持ってきてしまいます。

けれど、ルーシーは、スーザンになりたいわけじゃない。スーザンのようにきれいになりたかっただけ。

コンプレックスを抱えているルーシーですが、みているとルーシーはとても観察力の高い少女です。
悩んでいるルーシーにアスランは言います。
「君には君のいいところがあるはずだ。君は君だから必要なんだ。」と。

ナルニアに至る扉を最初に発見したのも、ルーシーだし、金の泉のところで争いになりそうなピーターとカスピアン王を体をていして止めたのもルーシーです。普通なら離れた所からあぶないやめてとさけぶものですが、もしかして間違えば、切られてしまうかもしれないのに、二人の剣の間に割って入って止めたのです。

この観察力の高さと勇気は、素晴らしいものだなぁと思いました。

ナルニアの冒険を通して、ルーシーもピーターも、大人になっていきました。

そして現実世界ではいやな奴だったはずのユースチスは、その欲望の強さゆえにドラゴンなってしまいますが、ドラゴンゆえの強さで、彼らの冒険を力強く助けてくれました。

欲望が強いからこそ、能力も高い。
能力が高いからこそ、欲望もまた高いのでしょうか。

だから、ドラゴンて、金が好きなんでしょうかねぇ。

物語のラストでは、すっかり大人になったルーシーとエドモンドが素敵でした。

「あなたのように素敵な女性なりたいわ」というナルニアの少女の言葉に、かつての自分の姿を見つけながら、少女を抱きしめるルーシーはすでにとてもすてきな女性になっていました。

また、アスランは、現実世界にもいて、姿を変えて、ナルニアにいるということです。
第1章でも思ったのですが、アスランは、アメリカを暗示しているのではないかと。
だとすると、兄姉がすでにいっているアメリカにこのあと二人も行くわけですから。
アメリカという国に行って、アメリカという国の素晴らしさを発見するということでしょうか。

ナルニアでも、ナルニアの世界があぶなくなると、どこからかささっとやってきて、助けてくれちゃうアスランは、この当時の現実世界でも、世界大戦を後半からばばーんと絞めちゃうわけですしね。
この当時のアメリカはまだまだたくましくて、頼もしかったんですけどね。w



物語も映像もとても素敵な映画にしあがっていたのに、劇場公開時に視そびれたのが残念です。
『コクリコ坂』よりずっと、良かったと思えるのに。

役者が物語の設定にみあうような年齢になるまで制作を待ちながらの映画作りのようです。
そういう自然さがいいですね。

第4章はつくられるのかどうか。
次回作。楽しみになってきました。


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ナルニア国物語/第3章:アスラン王と魔法の島@ぴあ映画生活
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# by civaka | 2011-09-12 04:27 | 映画 | Comments(2)