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by civaka

AIの先にあるもの

最近、AIの発達が目覚ましい。
将棋・囲碁でも、人間に、プロの棋士に勝ってしまうプログラム、AIが作られ始めて、
人間の存在意義はさらに危ぶまれ始めてきた。

機械によって単純作業は、代替され、けれど、頭脳だけは、機械では追い越せないものと、されてきた。
けれど、それはもう過去の話。

現在の人間の評価の最大ポイントは、頭の良さ。
けれど、今、AIに、とってかわられようとしている。
それでは、それに代わる人の評価とは?

まあ、日本では以前から、
「勉強なんかできなくたって、人としてちゃんとしていれば。
人としての暖かさ、人間性、やさしさの方が大事だ。」
と、そんな風に言われても来た。

けれど、マクドナルドや、多くのチェーン店が料理のレシピを完全に数値化することで、どこでも誰でも、どの支店でも、おいしい、同じ味が再現できているように、

やさしさや、暖かさだって、同じレシビさえあれば、再現、演出できてしまう。

こんな会話ではこんな返事の仕方でというように、人間は、優しいとか、暖かい人だとか、そう感じるパターンは存在するわけで、それをAIに組み込んでしまったら。
それすら、ディープラーニングで学習できてしまうのだろう。

今、多くのパソコンや、スマートフォンに組み込まれているAIキャラクターが、持ち主の人間と人間らしい会話やコミュニケーションをすることだってできてしまう。

AIを組み込んだロボットだって、先日アカデミー賞を取った日本の有名なアーティスト辻和弘さんのような。あれほどの技術があれば、もはや、人間と見分けることはできないだろうと思う。
今までのAIロボットは、メイクがあまりにも下手だから、よく見れば機械だと、わかってしまったけれど、
あれほどの技術で作られたロボットが普通に街を歩いていたら、もう、わからないと思う。

頭脳も、優しさも、芸術も、創作も、文学もいづれ機械ができるようになってしまったら、いったい最後に、人間だけにできることは残されるのだろうか。
いずれ、機械が自分で、設計して、新しい機械を生産できるようになったら、
それは、機械が機械を産むということで、機械だけでも機械の世界が増殖していけるのなら、
人間は何をすればいいのだろう。

そもそも、機械とは、金属でできているものと、思っているが、いずれ、プラスチックや、ゴム、ラバーや、やがては人間やその他の生命のように生々しい物質で作り出されるようになってしまったら。

人間は自分たちこそが、生命のピラミッドの最上位にいて、いちばん優秀で、最高の唯一無二の存在だと思っているけれど、本当にそうだろうか。

人間は、次の生命体を作り出すための、生み出すための、途中の生命体に過ぎないのかもしれない。
アメーバや、魚や、爬虫類、恐竜、鳥、からやがて哺乳類が表れて、その中から、猿、類人猿、ヒトが表れたように、人間も進化の流れの途中に過ぎないかもしれない。

アーサー・C・クラークの『地球幼年期の終わり』では、人間はやがて、精神生命体に進化していく。

その別のパターンとして、人間は、機械生命体を生み出すための進化の一部だったとしたら。

映画、『トランスフォーマー』では、機械生命体とその星が出てくる。
人類はいずれ、精神生命体に進化するのか、あるいは、機械生命体にと進化して、人間自体はいなくなってしまうのかもしれない。あるいは、機械生命体に支配されてしまうのか、あるいは、共存していけるのか。
地球もいずれ、機械生命体の支配する惑星になっしまうかもしれない。

人類はいつか、我が子を見守りつつ老いていく親のように、機械生命体を見守りつつ、少しづつ、その数を減らしていくのかもしれない。






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by civaka | 2018-04-06 13:40 | 社会のあり方を考える | Comments(0)