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by civaka

2012年 08月 22日 ( 1 )

『花莚』  山本周五郎

山本周五郎の中編集『ちいさこべ』の中の一編。

家老の娘お市は、婚家先と実家とが、藩内で対立するという状況に追い込まれる。。
実家に戻そうとする母に対して、夫にほれこんでいる市は、決して婚家先から出まいと思う。
事件は発展し、夫は、行方知れずとなる。
姑、義弟とともに、田舎にかくれすみながら、かつて見た、普通の莚(むしろ、ござ)とは違う、美しい花模様の莚を自分なりに工夫して作りたいと思い始める。

そのままで幸せな暮らしのままであれば、そんなこともなく、すごしてしまったかもしれない。

けれど、田舎におわれ、生活に追われる環境の中で、胸のうちにあったお市の志は、実践されることになる。知り合いの農家に遭った莚を折る機械を使って、やがてお市は、美しい花模様のむしろを織り上げる。そのむしろは、やがて、藩内で評価され、お市は、藩主と直々に合う機会を得ることができる。

その機会を通して、夫から預かった藩内の不正の事実を証明する書類を、お市は藩主に指し示す。

お市のこの働きによって、夫の嫌疑は晴れ、藩内の不正は明らかとなる。

ふたたび、夫と再開し、かつての屋敷に戻ることのできたお市と姑、義弟。



女性の立場で、実家をとるか、婚家をとるか。
悩まされるテーマです。
お市は夫にとても惚れていたので、夫と別れたくないということが一番優先されていたけれど、女性は嫁げば、いずれ、実家よりも、嫁ぎ先の家に染まっていく。

でもこの物語の状況で、二つの家のどちらをとるか。
婚家をとれば、実家がなくなるかもしれない状況の中で。


このお話とても面白かった。

映画化されないかなぁと思った。

大水が出て、ヒロインお市もその水害に流されそうにもなる。
その中で、産んだばかりのわが子まで流される。
すごくダイナミックでみごたえのあるエピソードも多くて、映画化したらおもしろそう。

調べたら、過去にドラマ化されているのですね。
でもものすごく昔なので。

できれば今また、映像化されないかなぁ。

こんな状況に追い込まれなければ、お市は花むしろを作ることはなかったかもしれない。

こういう過酷な環境の中で、落ち込むことなく、逆に自分の自我を開花させていくお市の生き方がたくましくていいなぁと思う。

でも、水害のさなか、わが子よりも、姑の命を優先するシーンに、うーん考えさせられた。
なぜ、わが子より姑を助けたんだろう。

もっとも、昔は、今と違ってた医療も進んでなくて、7歳まで子供が育つかどうかも怪しかった時代。
姑の方が、その後の生存率も役立ち度も高いから?

子供は、7歳までは神様のもの。
だから、七五三の御祝いがあるわけで、昔は、7歳までの子は死んでも葬式もお墓もなかったとか。

そんな昔の感覚だからなのか。

でもできれば、死んだかも知れなかった子供が実は、水に流されてでも、たまたま助かって、物語の最後に生きていたよって、でてきてくれるとよかったのになぁと、思うけど。



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by civaka | 2012-08-22 15:28 | 読書ノート | Comments(0)